データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

えひめ、その食とくらし(平成15年度)

(3)もち麦の復活

 温泉(おんせん)郡重信(しげのぶ)町北野田(きたのだ)地区で農場を営む牧秀宣さん(昭和27年生まれ)は、地域の風土に適合した穀物栽培に取り組んでいる。平成15年は、赤米・黒米・コキビ・アワ・裸麦・もち麦・シコクビエ・地トウキビ(在来のトウモロコシ)・緑米・小麦を栽培している。食の安全・安心・健康志向に徹して、雑穀栽培では農薬・肥料をほとんど使わず、米麦作は減農薬栽培に努めているという。
 裸麦は、一般的な大麦に比べて耐寒性が弱いので、四国・中国・九州など西日本で栽培され、生産量・額とも愛媛県が全国一位の農産物である。裸麦には、うるち性の麦ともち性の麦があり、もち性の裸麦のことをもち麦と呼んでいる。もち麦は黒色の表皮に覆われ、粘性が強く、蒸して冷えても固まりにくいといった加工適性を有する。瀬戸内地域は温暖少雨の気候であるため、水田耕作に適していなかった島しょ部や山間部では、各種行事の際に作る餅(もち)の原料として、かつてはもち米の代わりに生産し、だんご麦とも呼ばれていたという。
 もち麦を作り始めた経緯について、牧さんは次のように語る。
 「15、6年前に県の農産課の人から『作ってみないか。』と白と黒のもち麦を提供されたのがきっかけです。当時すでにうるち性の裸麦は作っていましたが、うるちだけではおもしろくない。どうせ作るなら、はっきり違いのわかる黒い色がいいなと考えて、もち麦作りに取り組み始めました。実際に作り始めてみると、もともとのもち麦は丈が高いので、成長すると全部倒れてしまう。そこで、農林水産省四国農業試験場(香川県善通寺市)の協力を得て、黒の色素を残し、丈の短い品種を選別し、本格的に栽培に取り組みました(口絵3参照)。
 もう一つ苦労したのは、だれも栽培方法や活用方法を知らないということです。粉にして売ろうとしても、どう使うのか、だれも知らない。お年寄りや電話でもち麦を注文してきた人などに『何に使うんですか。』と聞いて回りました。『挽(ひ)いて粉にしたらおいしいんですよ。』とか、『もち米の代わりに使うんですよ。』といったヒントをいただきました。それなら、パンにも入れることができるだろうと考え、パン屋さんを回りました。また、麦飯を炊いて食べてみると、普通の麦よりもはるかにおいしい。そこで、使ってくれるレストランを探しました。とにかく、すべてが手探りの状態で、自分の舌で確かめ、自分の足で市場を開拓していきました。」
 作っていくうちにいろいろなことが分かってきたという。例えば、大麦は表皮をすべて削ってしまわないと食べられないが、裸麦やもち麦は表皮を薄く削るだけで、食用にすることができる。この表皮部分に、現在の日本人に不足がちであるといわれているミネラル分が多く含まれているという。特に、鉄やマグネシウム、亜鉛などは大麦のほぼ倍の含有量である。また、糖質が少なく食物繊維を多く含むという性質も持っている。
 このように有効成分に富むもち麦は、収量が少ない、黒い粒を精麦するのに手間がかかるなどのマイナス要因と米の不足を麦類で補っていた昭和20年代から、動物性食品が急増して麦類が減少した30年代にかけての食料消費構造の変化に伴って、徐々に生産量が減少していったという。
 製粉されたもち麦は、パン、ケーキ、和菓子、せんべい、うどん、クッキーなど多方面に活用されている。商品化について、牧さんは、「もち麦せんべい、もち麦うどんなど食品加工会社がうちの穀物を使って商品化したものも少なくありませんが、私たちは、素材を提供することに徹したいと思っています。できあがった商品が、私が思っていた方向と違う方向にいくこともあります。でもそれがいい。思ってもみないような商品ができるということは、加工適性があるということですから。」と語る。「ただ、もち麦の生地を作り発酵させるには、技術が必要です。普通の小麦粉と同じようにしたのでは、加工できない。その技術を付加価値として、ケーキ屋さん、パン屋さん、せんべい屋さんが発展することができる。そうすることで、地域の特産物を守ることになるのではと思います。」と付け加える。
 商品の安全性については、「麦には除草剤だけは使っていましたが、3年前から除草剤も使わない畝(うね)立て栽培を開発しています。今はばらまき栽培が主流ですが、かつてはどの農家も畝を立てていました。畝を立てると畝と畝の間に風と日光が通るため、病気にかかりにくく、また機械で起こして畝に土を寄せると雑草も生えにくくなります。その結果、除草剤がいらなくなるというわけです。試験の結果、ばらまきと比べて、収量も変わらないということも分かりました。」と、牧さんは語る。
 今後の取り組みについて、牧さんは、「昔からの言い伝えに、『自然が恵んだ、土地に合うものを作れ』という言葉があります。その土地だからできる作物って、それぞれの地域にありますよね。そうした地域の人だけが知っている作物を広めたい。いいものを残して、次の世代に伝えたい。その義務が僕らにはあります。農業とは国民の食べ物を作る大切な仕事で、儲(もう)けだけの感覚ではできませんよ。(⑲)」と語る。