データベース『えひめの記憶』
美川村二十年誌
三、電信・電話
明治五年(一八七二)東京・京都間に電信が開通し、その後、文明の進歩とともに全国各地に広まっていった。仕七川村でも大正末期ころより電信電話架設の声が高まってきた。
当時、四代目局長であった古川鹿太郎は、わざわざ広島逓信局に行き電話の架設を申し入れた。そして諸施設を提供すれば許可すると解答を得た。帰村後、ただちに村当局に願い出たけれども、時期尚早とのことで議会の賛同を得ることができなかった。
その後、電話架設期成同盟会が結成され、架設促進に努めた。こうして、ついに昭和八年三月六日、村民待望の電話が二台設置されることになった。もっとも警察電話は昭和五年に設置されていた。
電信業務は九年一二月一日より開始された。