データベース『えひめの記憶』
鬼北町
古谷義正(1875~1969)
明治8年愛治村清水に古谷杢三郎の長男として出生、昭和44年数え95歳で没す。
明治23年5月、宇和島町(現宇和島市)継志館に学ぶ。28年4月陸軍教導団に入団。現役満期後の34年11月、北宇和郡役所に勤め、県土木技手として県道開発に尽くし、郡内道路のほとんどを手がけた。37年陸軍歩兵特務曹長として日露戦争に参戦、数々の武勲をたて負傷した。42年2月、33歳の若さで第8代愛治村長に就任し、村道改修、耕地整理、小学校校舎増築、電信架設、産業組合設立等のほか、部落有財産の統一を行い、村有林約70町歩の造成を成し遂げた。昭和22年から30年まで愛治村議会議長、愛媛県町村議会議長会副会長を勤めた。
30年3月、愛治村は、大字清水に翁の頌功碑を建立、32年8月広見町名誉町民の称号を贈った。
昭和44年2月、勲六等瑞宝章が授与された。(『広見町誌』より)