データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

瀬戸内の島々の生活文化(平成3年度)

(1)木造船とはどのようなものか(船大工についての概観)

 太古よりの歴史を持ち、つい最近まで瀬戸内海を縦横に通行していた木造船及びそれを製造してきた船大工(ふなだいく)の技術は、現在消滅しようとしている。図3-5-1・2からもわかるように、機帆船(きはんせん)等の中型船舶は鋼船に、また小型船舶はFRP(強化繊維プラスチック)船に、取って代わられつつある。愛媛県内においても、現在木造船を造り続けているのは十数箇所を数えるのみで、しかもその多くはFRP船製造が中心であり、船大工としての技術を伝える後継者がおらず、遠からずその伝統的な技術は失われてしまう可能性が高い。
 そこで、この項では木造船船大工の人々の聞き取りをもとに、その生活文化を明らかにしたい。すでに和船及び船大工の技術に関しては、石井謙治氏の「図説和船史話(①)」また瀬戸内海歴史民俗資料館の「瀬戸内の漁船・廻船と船大工調査報告(②)」等において、詳細な研究がなされている。また、現在文化庁により愛媛県内においても、「諸職(しょしょく)関係民俗文化財調査」事業が行われ、その一環として県教育委員会が船大工の調査を重点的に進めている。それゆえ本項では、できる限り技術的側面(工程・用具等)にも配慮するが、主として船大工の生活の変遷、及びその地域や時代との関わりに焦点を絞って記述したい。造船技術の詳細や地域的特質、技術伝播等については、研究課題としてできうれば今後継続して調査を進めていきたいと考えている。

 ア 和船と洋式船-造船技術の変遷

 明治以降の日本の造船技術(特に船舶構造)には、和船と洋式船(西洋型船)との、二つの大きな流れがある。明治時代から昭和初期にかけては、両者を折衷した和洋折衷船の発達を見た。和船は、日本独自の造船技術として発達してきたものであり、洋式船は明治以降(具体的には安政元年=1854年にロシア使節プチャーチンのディアナ号が難破して、伊豆国戸田(へた)の船大工達が、代替え船の建造をしたことに始まる。)、政府の奨励政策のもとに発展してきたものである(③)。
 和船の特徴は、幅広い棚板(たないた)(小船では一枚板)で外板を構成して縦の強度を維持し、多数の船梁(せんりょう)で両舷(げん)を結合して横の形状を維持する、板船構造にある。板船構造は本来は小船を対象とするものであるが、縫釘(ぬいくぎ)を使って何枚もの板をはぎあわせ、必要とする大板を作成する日本特有の技術により、江戸時代には千石積み二千石積みの大船を建造することが可能となった。和船の主要構造は、船底材(航(かわら))に棒状の船首材(水押(みよし))をつけ、また船尾(艫(とも))には幅広い戸立(とだて)(隔壁としての板)をつけて、根棚(ねだな)、中棚(なかだな)、上棚(うわだな)という三段の外板をつけることで成り立っている(④)。
 これに対する洋式船の特徴は、キール(竜骨(りゅうこつ))に曲材による多数のフレーム(肋骨(ろっこつ)、船大工はスマントとも言う)を配して、船体の骨組みを先に造り、この骨組みの外側を幅の狭い外板で張りつめていく点にある。また(横の形状を維持しているビーム=梁(はり)の上面に)甲板を張りつめて船内の水密(すいみつ)性を高め、各部材は(主に外側から)フレーム(肋骨)に釘等で結合させる点も、和船と大きく相違している(⑤)。帆走(はんそう)についても、(江戸時代の幕府の政策で)和船は一本マストであるのに対し、洋式船は二本以上のマストより成り、船首・船尾にそれぞれジブ(三角帆)とスパンカー(縦帆)を装備して、逆風に対しての帆走性能に優れ、操作が容易である(③)(江戸時代の和船は一本マストのため、方向転換ができにくく、舵(かじ)が非常に大きい点にも特色がある。)。
 明治政府は、当初から海運・造船近代化のためとして、西洋型帆船への転換を政策として推進したが、国内海運においては実際は和船及び和洋折衷帆船が、昭和初期に至るまで木造船の中で大きな比重を占めていた。その理由として、①西洋型帆船の建造費・維持費(有資格の航海士雇用費等含む)が高い、②和船は荷役が容易で積載量が大きく経済性が高い点にあると思われる。明治16年(1883年)の船税規則の改正による西洋型船の優遇、及び明治30年(1897年)の新検査法の施行による西洋型船と和船の峻別が行われる中で、旧来の和船は主要部は棚板構造のままにしながらも肋骨(フレーム)や甲板を取り入れ。洋式の帆装(複数のマストや三角帆)を導入した和洋折衷船に転換していったのである(⑥)。国内海運において、この和洋折衷船は、昭和初期にエンジンをつけた洋式船の機帆船に、取って代わられることになる。不明確な点もあるが聞き取りの内容から、後述の(3)の**さんは洋式船、(4)の**さんは小型の和船、(5)の**さんは和洋折衷船及び後に機帆船形式の船を主に造ってこられたと思われる。

図3-5-1 小型船舶数から見たFRP船と木船の隻数関係

図3-5-1 小型船舶数から見たFRP船と木船の隻数関係

日本小型船舶機構発行の「小型船舶検査統計表」の数値より作成。

図3-5-2 全国小型船舶新造船実績割合から見た、銅船・FRP船・木船の関係

図3-5-2 全国小型船舶新造船実績割合から見た、銅船・FRP船・木船の関係

日本小型船舶工業会発行の「売上実績集計」により作成。