データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

わがふるさとと愛媛学   ~平成5年度 愛媛学セミナー集録~

3 けんかと平和運行

 太鼓台のけんか祭りの様相は、古い書物にも、祭りが始まったころからあったことが、伺い知ることができる。太鼓台を地区内の団結の象徴とし、地区間の水利権・漁業権などの対立関係の反映で、けんかという形が残っていると考えられる。年々続くうちに、観客の歓声を浴びる状況もあって、通常の感覚では図り知れないものがある。昨年も、昭和通りでけんかがあった。昭和30年代から40年代前半には、ハチあわせによる死傷者が全市で200人を超える中、昭和46年に指揮者が4人逮捕される事態になり、川西地区の例を挙げると、平和運行のための行動規制を実施してきた。17日午後から18日終日にかけて、2輪車を利用しないことを申し合せ(工場場内で使用する台車に限定)、物理的に規制した。この処置により、太鼓台の原点である神事に立ち戻り、くまなく同時に全太鼓台が宮入りを行うこととし、この場面を観光ということで他のお客さんに見ていただくことにしていた。
 この努力を、昨年までの20年間続けてきたが、その間の規制された欝積(うっせき)の爆発が、昨年のけんかの背景と考えられる。
 時の流れに順応して、「祭りは楽しい」と言われるように、市民の皆さんの御理解、御声援をいただきたい。