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わがふるさとと愛媛学Ⅴ ~平成9年度 愛媛学セミナー集録~

◇鬼北文楽上演

 (あらすじ)
 阿波の徳島の玉木家の若殿が傾城(けいせい)(遊女)高尾に溺(おぼ)れているのに乗じて悪心を持つ小野田郡兵衛がお家横領を企てる。その矢先、家老・桜井主膳のあずかるお家の重宝・国次(くにつぐ)の刀が何者かに奪われる。そのため、その旧臣・十郎兵衛が女房のお弓と共に取り返そうと娘のお鶴を祖母に預け、その詮議(せんぎ)(捜索)に行く。
 十郎兵衛は銀十郎と変名して大坂に来て、心ならずも盗賊の仲間にはいり、国次のありそうなめぼしい質屋の蔵に忍び込むのであった。夫の盗みに対する役人の詮議が厳しくなったので、女房のお弓が心配しているとき、「ふるさとを、はるばるここに紀三井寺(きみいでら)」を歌ってかわいい順礼の女の子が門に立った。お弓が、女の子に国を尋ねると、阿波の徳島と答え、父母を探して順礼している、父の名は十郎兵衛、母の名はお弓、私はお鶴と申しますという。疑いもなく、国に残してきた我が子であった。すぐにも名乗り合って、いとしい我が子を抱きしめようとしたが、夫婦は役人に追われている身であるので、この子にどんな悲しみをかけるかも分からないと、心を鬼にして、「国に帰って、父母の帰りを待つように」と言い聞かす。そして、「父母の恵みも深き粉川寺(こかわでら)」とお鶴の歌う順礼歌の遠ざかって行くのを聞いて、身を切られる思いで、お弓はしばらく泣き崩れるのであった。
 しかし、喜びも悲しみも我が子と共にしようと、お弓は娘のあとを追い掛けていった。大きな不幸が、夫の手でなされるとは夢にも知らずに。        作・近松半二