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愛媛県史 地誌Ⅰ(総論)(昭和58年3月31日発行)

3 盆地の気候

 県内の中央構造線に沿う南部地方には、東西方向と南北方向に断層線が走り多くの盆地がある。久万・大洲・宇和・野村・鬼北盆地などの山間盆地では古くから多くの人々が集まり、生産活動を営んできた。人間活動に対する大気環境をみる気候の立場からすれば、盆地の気候は重要な課題である。
 周辺が山地で囲まれている盆地の地形には、特有の気候が形成される。高気圧の沈降性逆転や冷気湖形成のため盆地底付近の大気がフタをされた状態となるから盆地では寒暑の差が大きくなる。盆地の大きさや深さは気温の日較差や年較差の大きさと関係があり、盆地の形は卓越風の風向を決める。たとえば肱川河口長浜の気温の年較差は二〇・三度Cであるが、大洲では二三・〇度Cである。大洲の八月の月平均最高気温は三二・八度Cで小田の三三・二度Cにつぎ、徳島県池田とならんで四国では最も暑い所として知られる。盆地の夏は暑く冬は寒いということは高温・低温の極値に現れている。高温の極値は山形盆地(四〇・八度C、一九三三年七月二五日)・低温の極値は上川盆地(北海道旭川、氷点下四一・〇度C、一九〇二年一月二五日)で、いずれも盆地で現れている。
 盆地気候のもう一つの特徴は風がよわいことである。海岸地帯と比較し内陸では一般的に風がよわくなるが、とくに盆地内では静穏となりやすい。このことは地表付近の汚染大気が拡散されないことを意味し、大気汚染の重要な誘因となるので、盆地内での工場や火力発電所・ゴミ焼却炉の立地には注意を要する。要するに盆地内の大気は環境許容量が小さいのである。このように盆地気候の特徴はいろいろあるが、ここでは山越え気流、冷気流と冷湖の形成、盆地の霧と冷気の流出などについてみる。

 山を越えて吹く風

 多湿の気塊が山を吹き越える時、風上側で空気が水蒸気で飽和していなければ、空気は山地に沿って上昇する際、乾燥断熱減率(一〇〇mにつき約一度C)の割合で気温は低下するが、やがて気温低下にともない水蒸気は飽和に達し雲ができる。この場合、大気中の水蒸気が水滴に凝結し潜熱を放出するから湿潤断熱減率(この場合、気圧と気温によって減率は異なり、たとえば一〇〇〇mb・一〇度Cで一〇〇mにつき〇・五四度C、二〇度Cで〇・四四度Cとなる)で気温は低下する。気流は山頂に達し風下側に下降する時、断熱圧縮されるから気温は乾燥断熱減率で上昇する。いま山麓で気温二七度C、湿度七五%の空気が二〇〇〇mの山地を越える場合を考えてみる。この気流は風上側で約六〇〇m上昇した時、飽和に達し凝結をはじめ、山頂では一四度Cに気温が下降する。さらに気流が風下側に吹きおりると、気温三四度C、湿度三〇%になる。気流が上昇し始めた時より気温は七度C上昇、湿度は四五%の下降となり、風下側では高温乾燥の気流となる。つまり風上側の気流の水蒸気が凝結し潜熱放出をした結果、風下側で高温低湿の気流に変化したのである。これをフェーン現象という。
 盆地は周囲が山地で囲まれているので、山越え気流の風下側にあたりフェーンの吹く割合が高く、一般に降水が少なく高温乾燥の気候が卓越する。また前述したように瀬戸内海も周囲が陸地平山地で囲まれているから、一種の大きな盆地と考えられ盆地気候の特徴をもっているといえよう。

 やまじ風

 やまじ風は伊予三島市から土居町にかけて広がる狭長な海岸平野に吹く南よりの強風で、全国的に有名な局地風である。海岸平野に平行し断層崖、法皇山脈、銅山川がほぼ東西方向に並び、これと直角に強風が吹く。強風時には山頂にケタ雲(風枕)が現れ山頂または風上斜面に降水があり、強風吹送前に比べて気温上昇、湿度下降があることなどからフェーン現象を伴う強風である。安定度の高い気流が銅山川から法皇山脈を越えると、風下側で定常波となり地表からはねかえる気流となって地表付近に強風をひきおこすという大気力学的現象(ハイドロリックジャンプ)の影響も加わる。
 やまじ風の月別発生頻度をみると、四月・五月の春やまじが最も多い(図2―21)。やまじ吹送時の天気図をみると、大部分が東シナ海または日本海に低気圧があって、これに吸いよせられ強風が吹く。とくに風が強くなるのは低気圧が朝鮮半島を横断中かまたは日本海西部にある時である。九月にやや多いのは秋やまじで、台風が宇摩地方の西または北にある場合に強風となる。
 やまじ風の平均的な分布をみたのが図2―22である。やまじ風地域のなかでも最も強い風が吹くのは、海岸平野が最もせまくなっている伊予三島市寒川地区である。図示されているように法皇山脈の赤星山(標高一四五三m)以西では山脈の尾根が南西方向にそれていて、南よりの気流は水平的収束をおこしながら、山脈の鞍部をこえて寒川地区に強いやまじ風をひきおこす(写真2―37)。
 やまじ風地域では段丘崖下に強風をさけ古い集落が立地し、住宅の多くは瓦を漆くいで固め、屋根の周辺に石塊をのせている。最近は鉄筋コンクリートの建造物が増え、図2―23に示すようにとくに強風域の寒川地区で鉄筋コンクリート建造物の率が高くなっている。また、やまじ風は農業にも影響を与え、耐風作物として、さといも・やまいもなどが多く、強風によわいビニールハウスはほとんどない。

 冷気流と冷気湖

 日射が地表面に達し吸収され熱となって地表面を暖めるが、このエネルギーは波長数μから数十μ(μミクロン・10マイナス四乗㎝)の長波長の放射で上空に射出する。夜が長く晴天であると放射冷却が活発になり、風がよわいと地面が冷えそれに接する気層もしだいに冷えていく。静穏の夜には接地層の低温の空気は同一高度の自由大気より重いので、上方に動くことはなく、もっぱら下層に蓄積される。そこで地表付近の空気はますます冷え込み、断熱低減とは反対の気温垂直分布になり接地逆転層が生ずる。
 盆地周辺の山地斜面では、地表面に接する空気はそれと同じ高さの自由大気の気温より低温になるので、斜面上を最大傾斜線に沿って下降する。この冷気の流れは冷気流といい、斜面に起状があれば凹地づたいに流れ、気流が氷点下に近い場合には冷気流の流路に従って降霜が生じ、霜道をつくる。冷気流は小さな流れを合流し、次第に大規模になって斜面下降風となる。冷気流は冷気と周囲の空気の気温差、斜面の角度、冷気流の流下距離などによりその速度がきまる。冷気流は夜間、間けつ的に発生し、ふつうは一晩に三回から四回起こり夜明け前に最も大きい規模のものがおこる。
 冷気流は斜面を流下して盆地底に滞溜し、冷気湖をつくる。この盆地をうめる冷気湖の大気の垂直分布は安定した逆転層で、接地層から百数十mの高度まで気温は下層ほど低温で上空ほど高温になる。昭和五六年一一月大洲における調査では両者の差は五度Cにも達した。盆地底よりも山腹斜面が紅葉、落葉がおそく発芽、新緑が早く現れ、逆転高度に明瞭な色彩の境目がみられることもある。
 このように盆地の気温逆転上限では気温は最も高くなり、この面が山地斜面と接する地帯を「斜面の温暖帯」という。ここでは放射冷却により冷気が生産されても斜面下方にずり落ち、自由大気から乾いた高温の空気で補われる。またこの高度より上では盆地霧はないので、早い時刻に日射がえられ寒侯期には日中の気温が高くなる。県内各地の盆地では周辺山地の海抜高度の高い所に山村集落が多く見られる。幹線道路から離れ交通の便は悪いが、このような集落では夏は冷涼、冬は温暖多照で盆地底より快適な気候である。
        
 大洲盆地の霧

 盆地の底には冷気湖がよく形成され、そのため気温が低下し水蒸気が凝結し、霧がよく発生する。この霧は成因的には放射霧に分類されるが、逆転層の厚さにより通常の放射霧よりあつくなる。また盆地の底には川が流れており、低湿地になっている場合が多く、日中気温が上昇した時に多くの水蒸気が供給され、霧の発生につごうがよい。大体の場合気温の逆転の上限と霧の上限は一致し、日中になって日射が強くなり逆転層が破壊されないと、盆地霧は消散しない。
 大洲盆地での昭和五六年一一月二二日から二四日の気象観測の調査を紹介する。図2―24は期間中の大洲市街、肱川、冨士山、高山寺山の面での気温断面である。二二日朝九時の気温は盆地底で六度C、二〇〇m高度で九度Cと明らかな逆転層がみられ、それ以上の高度では通常の気温低減になっている。二四日九時は前日よわい気圧の谷の通過で逆転は層がうすくよわい。一一時になると逆転層はこわされ盆地底で高温になり、山頂では気温上昇が小さく正常の気温減率に戻る。しかし、国道五六号線と常盤町の市街地、肱川と河原の間には一度C前後、前者の方が高い。夕方になると水平的な風はなく、温度傾度は小さくなる。日中の気温のみで、天気状態も曇りで盆地気候が典型的に現れる場合ではなかったが、気温の逆転、土地利用による気温差などが図から読みとれる。
 大洲盆地では晩秋から初冬にかけ、放射霧がよく発生する(写真2―38)。昭和三一年から昭和四四年の年平均霧日数は一二二日で、一〇月が最も多く一六・○日、ついで一一月が一五・三日、一二月が一一・一日である。同期間の霧発生日における気圧配置をみると、全体の三分の二以上の六八・二%が高気圧型で、とくに移動性高気圧が三三・二%で多い。ついで寒冷前線型・低気圧型がそれぞれ一一・九%、七・二%である。しかし、昭和三五年肱川上流に鹿野川ダム完成以後、大洲盆地の霧は減少しているという報告もある(豊田・一九七一)。肱川上流域でも川霧発生があり、野村・宇和盆地にも盆地霧がある。霧の発生機構・季節変化はにているが、発生頻度は大洲盆地より少ない。鹿野川ダムより上流部ではダム完成後朝霧が増加したという報告(城川町誌)もある。ダムの水量が多く貯熱量が増すと、寒候期には水温の高い河川水が蒸気霧の発生を促進する可能性もあるが、詳しい調査はまだない。

 山谷風

 海陸風の場合と同じように、山地でも日中の日射による加熱の不均等、夜間の放射冷却による冷気の生産と流出などにより一日を周期とした局地循環が生じ、これを山谷風という。このような循環は山地での風ばかりでなく、視界、天気、気温、湿度などの気候要素に影響をおよぼし、山地の気候特性を形成する。
 一般に山地での風は山の尾根では尾根の走向と直角に風が吹き、またその方向の風が強い。深い谷間では、風は単純に谷に沿って吹く。一般風がよわく、晴天の日に山地や谷間には、図2―25に示すような風が吹く。山から谷に向かう下降風を山風といい、谷から山に向かう上昇風を谷風という。(a)は日の出ごろの状態で、谷壁斜面では斜面上昇流があるが、谷のおもな気流は山風である。(b)は午前中谷壁斜面を上昇する気流で、谷の走向と垂直の循環が卓越する。(c)正午ごろになると谷壁斜面の上昇流は最も活発になり、谷風も強く吹く。(d)午後になると谷壁全体の気温が上昇し、斜面上昇流はよわまり、谷風だけが吹く状態になる。(e)夕方の日の入りごろは谷風は吹き続けるが、谷壁斜面では早くも斜面下降風が吹くようになる。(f)夜に入ると谷風はやみ、谷壁斜面の下降風循環のみがのこる。(g)夜半になると谷壁斜面の下降風が強くなり、谷に沿う山風が吹きだす。(h)日の出前には谷壁の斜面下降風はやみ、山風だけがのこる。このモデルは谷の向きや大きさを考慮していない。山地斜面・谷壁斜面の日射による加熱と放射冷却でこうしたモデルが考えられるが、実際には斜面の向きや傾斜、さらには谷の大きさや植生のはりつき等によって山谷風の吹き方は変化する。

 肱川あらし

 肱川は下流部で大洲盆地を通過した後、出石山脈に対し先行性河川として横谷をなし北西方向に直線状に流れ伊予灘にそそぐ。大洲盆地に形成された冷気湖から、冷気が先行谷にそって南東風として肱川河口に強風をもたらす。これが「肱川あらし」(またはあらせ)である。図2―26に示したように大洲盆地で涵養された冷気は、盆地北部ではゆるやかな南西風で北上するが、谷幅がせまくなりしかも冷気湖の気層は逆転し安定層なので、水平方向の収束が風速を増加させ、河口の長浜町にかけ強風域となる。伊予灘の温暖な気塊は軽いので気圧が低く、一方、大洲盆地の周辺から流れこんだ冷気塊は低温で局地的な高気圧をなし、低気圧と高気圧が肱川の横谷で連結されて陸上から海上に向かう陸風、または山地から平地に向かう山風が強風とたったものである。
 おだやかな晴天の日没後一時間から二時間後、白滝付近から強風となり河口付近では一〇m/秒、ときに一六m/秒から一七m/秒の強風が吹く。強風は伊予灘の海上四㎞から五㎞にも達し、翌日の一〇時から一二時迄吹き続ける。肱川あらしは河口付近では右岸で強く吹き、防風林の偏形樹や防風を考慮した建物(長浜小)などがみられる。あらしは局地風で一般風との関係で強弱がきまる。つまりあらしのない日は北西の一般風(北西季節風)が強く、あらしの発達のよい日は一般風がよわい日であり、長浜町の漁師はあらしの様相で沖合いの天気の判断をするという。北西風が一般風としてある場合には、あらしは大和川をさかのぼり櫛生や出海に吹きでる。肱川の舟運が活発であった時代には、このあらしや潮汐の干満を利用していた。
 肱川あらしは大洲盆地の冷気湖に霧がある場合にはあらしに霧が加わり、この強風を実際に見ることができる(写真2―39)。昭和五六年一一月二二日から二四日の気象観測では、あらしのよく発達する気象条件ではなかったが、河谷に沿う強風がみられ、よわい肱川あらしの実例として、図2―26に示す。図2―25のモデルでいえば、上図は(c)に下図は(g)に相当する。

図2-21 伊予三島市におけるやまじ風の月別頻度(深川原図)

図2-21 伊予三島市におけるやまじ風の月別頻度(深川原図)


図2-22 宇摩平野地域におけるやまじ風の平均の風向・風速と流線(深川原図)

図2-22 宇摩平野地域におけるやまじ風の平均の風向・風速と流線(深川原図)


図2-23 宇摩平野地域における全家屋に対する鉄筋コンクリート家屋の割合(%)(深川原図)

図2-23 宇摩平野地域における全家屋に対する鉄筋コンクリート家屋の割合(%)(深川原図)


図2-24 大洲盆地の気温断面(昭和56年11月22日~24日)(深石原図)

図2-24 大洲盆地の気温断面(昭和56年11月22日~24日)(深石原図)


図2-25 山谷風のモデル

図2-25 山谷風のモデル


図2-26 肱川の弱い肱川あらしの観測例(深石原図)

図2-26 肱川の弱い肱川あらしの観測例(深石原図)