データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

愛媛県史 地誌Ⅱ(東予西部)(昭和61年12月31日発行)

三 今治市の都市構造と都市機能

 都市構造     

 今治市は今治平野の臨海線のほぼ中央に最初に立地し、全体的にいって内陸に向かって半円的拡大をしていったといえる。支配道路は海岸線にほぼ並行に走る国道一九六号、三一七号と、それと呑吐樋(大丸デパート角)付近で直交し、西へのびる国道三一七号であり、補助道路として国鉄の西側に並行して走る県道桜井―丹原線がある。
 市街地区の国鉄線は、国道一九六号とほぼ並行して約五〇〇m西を走るので、東西交通を阻害渋滞させる面が強く、懸案であった鉄道高架がようやく着工し、駅の西側の所謂「駅裏地帯」の再開発も具体化しはじめている。その西側の日吉町を中心とする文教地区(高校三、小中学校各一校)もかつては市街化不適地域として選ばれたともいえる。
 このため唯一の東西交通路である国道三一七号の交通量が増大し、商店街も西へのびて旧日高村、高橋付近にまで達している。
 かつて市の南方への発展を阻害した蒼社川も、現在は七本の橋で結ばれ鳥生・立花地区は住宅及び綿工業の進出で市街化した。
 昭和三〇年国道一九六号・三一七号にそう桜井・波止浜町の合併により、市は南北辺にレジャー、観光地を持つことになり、そのため市域の形態は海岸ぞいに南北に延びることになった。そして都市のドーナツ現象により市街化地域も南北方向に拡大していった。しかし全体的にみると人口密集地域(人口密度四〇〇〇人以上の地域)は、港務所を中心とするほぼ二・五㎞の半円域にあり、また都市周辺の団地群も同じく五㎞半円上にあって、その市域の半円性は変わっていない。ただその円心は実質的に今治港又は本町筋から西方向に移動し、市庁舎付近又は呑吐樋付近に移ったといえる(図2―44)。


 工業地区と流通拠点

 今治市の昭和五七年の製造業生産額二五八五億円を、西日本の類似人口都市二五市と比較すると、第七位にあり明確に工業都市である(表2―64)。近見・波止浜の集積工業地区は、輸送用機器製造二五社が約五九五億円(昭和五九年)の生産をあげている。
 これに対し中小企業を中心とする繊維工業(タオル・縫製業)は、五九三社が約一三四二億(昭和五九年)の生産をあげている。工業立地が容易なので蒼社川・泉川・浅川に近い地価の安い場所を自由に選んだので、計画性のないスプロール地区を形成し、後に都市計画の対象となった。新しい綿工業地帯も地価の安い、野間・富田・立花・鳥生・清水・桜井地区の旧田園地帯に進出し、市の全産額の約半分を占めるようになった。
 今治市域の面積は七五平方㎞で、西日本類似人口都市二五市のうち狭小さで一〇位であるが、大都市近郊衛星都市を除くと独立都市としては最小であり、流通産業及び製造業立地のための新基地の造成が求められてきた。天保山地区及び新港地区に造成された流通拠点、工業団地地区には輸送関係二二、青果・食品三五、倉庫・置場五二、鉄工・鉄鋼八、石油・ガス九、その他三七、官公署六の事業所が集積し、活況を呈している。同様に浅川・龍登川河口の木材集積地には、浅川地区で八、龍登川地区で一九の木材関係事業所が立地し、特に後者は木材団地としてその集積性が高い(図2―45)。      


 商業地区

 昭和五七年における今治市の年間商店販売額(飲食店を含む)は約三六四八億円で、西日本類似人口都市二五市中五位で、商業都市としての機能は極めて高い(表2―64)。また県内都市卸売額も松山市に次いで多く、広域生活圏に対する高い商業機能を示している。
 小売業の地域性をみると、小売商店集積の高い今治・美須賀・日吉・城東校区の店数は九七六店で、全市の四一%、販売総額では約六九八億円で五六%を占め、その中心街店舗の実績を示しており、卸売業は店数五三%、販売総額では七三%で特にその傾向が強い。
 中心商店街は専門店街として伝統のある本町・銀座街であるが、昭和四八年より国道一九六号ぞいに進出した大型小売店三店が市域内外の顧客を吸引し、人の流れを変えたといわれる程に商勢は中心地の西に移った感がある。これは国道一九七号・三一七号の交叉点付近に立地していることと共に、官公庁街をはさんで立地していることにも一因がある。この地域は今治市庁舎、郵便局、警察署、県今治地方局庁舎、税務署、地方裁判所、市立図書館が並び、加えて市商工会議所、地場産業センター、文化施設、ホテルニ、銀行三、が立地しており、これらの吸収力が相乗されたものである。
 この第一種大型店はもとは六か所にあったが、本町と広小路(県道今治港線)角にあった大洋デパートと、市役所前の高島屋は現在廃店となり、商店街のイメージを悪くしている。廃店の原因の一つは駐車場問題にあるとされ、これはかつて最大の商店街であった本町筋商店街についても共通するものである。現在ニチイは二〇〇台、大丸三〇〇台、ダイエープラザは六三〇台の駐車場をもっており、市域外商圏の顧客も吸引している。
 今治市には中型小売店として第二種大型店が一四店、中規模小売店一八店、基準以下中規模小売店一三店の合計四一店がある。その分布状態は旧市域の外に国道三一七号と県道桜井―丹原線の馬越交差点付近に八店、鳥生・立花地区に一〇店、近見地区に五店が集中し、副市心を形成している(図2―46)。


 住宅地区・レジャー地区

 住宅地区は、市街化区域の内と外で違ってくる。今治市では、一般的にいって人口密集地域である三㎞圏内には、マンションが圧倒的に多く、それは地価対策でもある。集中地域は人口急増地帯の城東・鳥生地区(約四〇〇戸)、国道三一七号と県道桜井―山路線の交差点馬越周辺(約六〇〇戸)、立花地区、浅川下流周辺である。
 これに対し五㎞圏には大団地(一部マンション)が形成されている。これらのほとんどは、丘陵又は独立丘陵の風化花崗岩帯に造成されたもので、地価も安く、廃水もよく、その適地は市内に多いので、将来の集団住宅開発の方向を示すものである。頓田川右岸の国分地区には約一〇〇〇戸の唐子台団地や国分団地(一一二戸)、その西側に県道桜井―山路線をへだてて約六〇〇戸の桜井団地があり、合わせて約一七〇〇戸の大団地が旧桜井町北辺に造成されている(写真2―31)。
 清水地区の山麓にも約六〇〇戸の五十嵐第一・第二・第三団地があり、近隣の町谷団地等を加えると約一〇〇〇戸の団地拠点となっている。又野間地区にも桜丘団地など三団地約三〇〇戸がある(図2―47)。
 この三㎞圏内のマンション地区と五㎞圏の団地集団地区との中間帯は、宅地造成や地価の関係から残された住宅適地ということができる。
 レジャー地区としての近見山・糸山、波止浜公園地区は、潮流、島しょの俯瞰美は絶佳であるが宿泊施設や進入道路などが十分でなく、本四架橋を待って待期中といったところである。架橋完成時には外来資本も進出を予見される優れた条件をもった観光地帯である。これに対し桜井海岸一帯は対照的に白砂青松海岸美、海水浴場、温泉、燧洋パノラマ景観を持つ観光、レジャー地帯で、国民休暇村、勤労総合福祉センター、船員保険保養所、各民間福祉センター、桜井温泉、市営テニスコートなどよく開発されており、今後は施設の充実とその連携利用に重点がおかれるべきであろう。宿泊施設は国民休暇村・湯の浦ハイツで二二六人、年間宿泊数は国民休暇村一万六一九五人、湯の浦ハイツ一万一二七六人である。

図2-44 今治市の都市構造の都市機能(ホ宮作図)

図2-44 今治市の都市構造の都市機能(ホ宮作図)


表2-64 今治市と人口類似都市の比較

表2-64 今治市と人口類似都市の比較


図2-45 今治市の工業地区(本宮作成)

図2-45 今治市の工業地区(本宮作成)


図2-46 今治市の大型・中型小売店の分布

図2-46 今治市の大型・中型小売店の分布


図2-47 今治市の団地・マンションの分布

図2-47 今治市の団地・マンションの分布