データベース『えひめの記憶』
愛媛県史 地誌Ⅱ(南予)(昭和60年3月31日発行)
一 農産加工
宇和島地方の罐詰工業の発達
宇和島藩士宇都宮次郎は、明治九年(一八七六)家禄制度の全廃による金禄公債を資に、伊達家の援助を受け失業士族の救済を目的として、明治二六年(一八九三)五月一日宇都宮製耀所を設立した。工場の広さは一〇~一三坪(三三~四二・九㎡)位いで主に牛肉の罐詰をつくり、加工法も幼稚で詰める罐まで手製であった。生産量も一日平均二頭分位いで、従業員も男四・女八の一二名ほどの零細な家内手工業的なものであった。
明治三三年(一九〇〇)、吉田町の朝家万太郎が朝家罐詰所を創業した。かまぼこ罐詰の草分けである。愛媛県農工商統計年表・明治四〇年(一九〇七)によると、朝家罐詰所は職工一九名(男一四・女五)で、明治四三年(一九一〇)にはマーマレードの製造を開始した。本県果実類順詰の最初である。日清・日露の二戦役を通して南予に立地した罐詰業は表5―31・32の如く、大正に入って一段と活況を呈した。
本県罐詰業の草分けである宇都宮製罐所は、大正四年(一九一五)五月、宇和島藩直系の伊達宗陳らにひきつがれ、宇和島罐詰株式会社として設立された。一口五〇円で四五〇株、資本金二万二五〇〇円の会社であった。設立目的は地場産業の振興と旧藩士の生活を救済することであった。
大正八年(一九一九)、資本金を四万円に増し昭和一八年までつづく。同年六月一日愛媛県合同耀詰会社となり、昭和二四年一〇月二一日再び宇和島罐詰株式会社と改称し現在に至っている。
本格的罐詰生産が行なわれたのは、昭和一〇~一五年ころである。昭和三一年に一時経営不振におちいり、廃業の危機に瀕した折、資本七〇〇万円のうち五〇%の三五〇万円を明治製菓株式会社が出資し、残りの三五〇万円を小早川武時ら宇和島市の有力者が出資して廃業をまぬがれた。こうして、明治製菓の委託工場として再発足し、みかん罐詰の生産量一万九〇〇〇ケースの九割がイギリスその他のヨーロッパ各国へ輸出された。
罐詰の原料は、生産過剰で商品価値の低い不良果実の処分方法として、罐詰加工に利用された。原料のびわ・ももは松山市、温泉郡から取り寄せた他、みかんは吉田町立間の大産地に近く、リアス海岸で良港に恵まれているため、運賃の割安な海上交通による原料仕入れが多く、みかんの不足は大分県津久見市から仕入れた。
宇和青果農協の果実加工プラントの建設
第二次大戦中、吉田町立間に湘南工業所が夏柑皮の搾油とクエン酸の製造を始めたが戦後に中止した。昭和二二年立間の有志が買収して「立間農村工業所」と名付け、工場の操業をはじめたが、同二四年一〇月火災で全設備を焼失した。
宇和青果農協は、昭和二七年に「立間農村工業所」を買収して加工事業に取組んだ。温州みかん・夏柑の搾汁・搾油・クエン酸の製造を行ない、同二八年に完成した県青果連のジュース工場に原料果汁の供給を開始した。
加工事業を手がけた当初は、屑果・小果の有利販売に重点をおいた感もあったが、その後ジュース需要の増大と柑橘生産の急増をひかえて、加工事業はますます積極的経営へとその方向を転じた。昭和二八年、罐詰工場の新設と搾汁工場の拡張を計画した。立間駅東側の土地三六九〇㎡を埋め立て、罐詰工場四四〇㎡・搾汁工場二四八㎡、その他付属施設建物計一九九六㎡を総工費九七七万円で建築に着手した。機械設備を整へ工場建築に要した総額は二五〇〇万円、五か月の月日を要してようやく操業を開始した。
この加工事業の直営は、柑橘の不良品の商品化と生果の出荷調整にきわめて大きな役割を果たした。南予地域の後進性を打破し、地域の自然に立脚した産業の振興を図って、地域住民の経済的社会的地位の向上をもくろみ、昭和四〇年一一月宇和島市と周辺一九か町村を圏域とする南予農業経済圏整備事業が実施された(図5―17)。
加工施設は宇和青果農協と一般三業者が立地するのみで、年間にみかん七〇〇〇トン、夏柑三四〇〇トンを処理していた(表5―33)。この処理能力だけでは、加工みかんの増加に対応できないため、圏域内のみかん生産の九割以上を集荷する宇和青果農協の加工施設の整備拡充をはかった。昭和四二年度には、一日処理能力四〇トンのジュースプラントを、同四五年には罐詰プラントを新設し、柑橘選果施設・ジュースプラント・罐詰プラントが一体的に整備され、柑橘類の近代的加工流通コンビナートが完成した。
これによって、加工比率は昭和四四年、温州一八・五%、夏柑二三・七%(ジュースプラント稼動)となり、罐詰が本格的稼動にはいる同四六年以降においては、生産量増加に対応する加工比率は温州一七%、夏柑三〇%となる。表5―34は、昭和五四年度の宇和青果農協加工部門の実績を示した。常雇の労務者一〇〇人、最盛期には臨時雇四〇〇人で稼動している。
表5-31 明治39年度愛媛県の罐詰製造状況 |
表5-32 戦前における宇和島罐詰の罐詰生産実績 |
図5-17 南予地域農業経済圏みかん関係農業近代化施設の分布 |
表5-33 柑橘類の加工施設 |
表5-34 宇和青果加工工場の製造明細 |