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愛媛県史 社会経済3 商 工(昭和61年3月31日発行)

一〇 愛媛の有料道路略史

 わが国の有料道路

 道路は国民一般の生活と密接に関連し、その基本的要件となっており、また近代国家では経済活動を支える基盤として不可欠の施設である。従って、道路は公共的に建設・維持管理され、無料で一般交通の用に供されるのが通常である。これが道路無料公開の思想であり、産業革命以来資本主義が発展すると共に形成されてきた考え方である。しかし、限られた一般財源による公共事業だけでは激増する道路交通需要に対処することができなくなり、わが国でも昭和二七年(一九五二)道路整備特別措置法(通称有料道路法、昭和三一年改正)が制定され、有料道路制度が導入されることとなった(ただし、「他に通行の方法がない場合には有料とすることができない」とされ、また料金についても特別の受益の範囲のものでなければならないという枠が設けられた)。
 戦前にも有料道路制度はあった。明治四年(一八七一)に発せられた太政官布告「修路架橋運輸ノ便ヲ興ス者二入費税金徴収許可方」であり、これによって「有志ノ者共、自費或ハ会社ヲ結ビ、水行ヲ起シ、嶮路ヲ開キ、橋梁ヲ架ケル等諸般運輸ノ便利ヲ起コシ侯者ハ、落成ノ上、功費ノ多寡二応ジ年限ヲ定メ税金取立方差シ許サル」ことが認められた。以後この布告に基づき各所に有料の橋や渡船施設が設けられた。大正八年(一九一九)旧道路法制定の際にも、この趣旨がとり入れられた。
 これ以外に大正末期からバス事業者の中に自動車専用道を私設し、自社以外の自動車に対しては有料公開するものが現れてきたので、昭和六年(一九三一)の自動車交通事業法で、内務大臣及び鉄道大臣の免許を受けて有料の一般自動車道を新設する途が開かれた(戦後の道路運送法における一般自動車道事業に相当するものである)。

 愛媛県の有料道路

 有料道路制度は今後とも拡大され、われわれの生活とのかかわりが一層深まるものと考えられるので、県内の有料道路の概略をみておくことは無意味ではあるまい。
 県内には現在三つの有料道路があり、その最近の営業成績は表交3―12のとおりである。
 石鎚スカイラインは昭和四〇年(一九六五)八月着工、同四五年九月供用開始された。総工費は一六億四、〇〇〇万円。延長一四・一㎞で主要地方道西条久万線の一部を構成している。愛媛県が管理者である。
 西海有料道路は昭和四八年九月着工、同五一年三月供用開始、総工費は二八億四、〇〇〇万円であった。延長七・ニ㎞、県道船越平城線である。県道路公社が管理している。
 東予有料道路は昭和四八年九月着工、同五三年五月供用開始、総工費は六三億三、〇〇〇万円であった。延長三・五㎞、主要地方道壬生川新居浜野田線の一部を構成している。管理者は同じく県道路公社である。
 石鎚スカイラインと西海有料道路は観光道路であり、東予有料道路は産業道路である。
 着工の時期からわかるように、前述のモータリゼーションに公共事業が追いつかないという図式がいずれについても当てはまる。昭和四五年地方道路公社法が制定され、愛媛県道路公社が設立されて、県レベルでの有料道路建設の主体ができた。
 なお、愛媛県にはすでに無料開放されたが、いまひとつ有料道路があった。日本道路公園によって建設された東伊予有料道路である。東伊予有料道路は、四国で最初に出来た有料道路で、今治市と壬生川町(現東予市)を結ぶ六・〇㎞が昭和三五年開通した。総工費九、七〇〇万円。現在は国道一九六号になっている(昭和五〇年一月無料化)。今治~壬生川の便益をはかるだけでなく、松山~小松の海岸まわり路線の拡張整備計画の一環として県の要請によって建設されたものである。

表交3-12 愛媛の有料道路最近の営業実績

表交3-12 愛媛の有料道路最近の営業実績