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愛媛県史 社会経済4 商 工(昭和62年3月31日発行)

四 愛媛県議会と工業用水問題(銅山川関係)

 古くより、水政の問題(治水・利水)は往々にして政治的問題にまで発展することが多い。水の問題は地域住民の生活に直接間接のかかわりを持つためであり、この銅山川分水問題も、それが安政時代よりの悲願であったことによってもその難しさが証される。
 従ってこの銅山川疏水も、愛媛県議会においても再三取り上げられているが、ここでは銅山川疏水と工業用水の関係に限っての、主な県議会の経緯をみておくこととする。

 第三五回県議会

 銅山川疏水事業に関する第三五回愛媛県議会定例会会議は三島町議会の開催よりもわずかに早い昭二六年一二月のことであった。以下その討議内容要旨を掲げてみよう。

 井上務議員「……そして大きな世論を捲き起こしておりますところの銅山川の特殊パイプニ、六〇〇万円の問題でございます。もともと銅山川の疏水事業に関しましては……灌漑用水として徳島との協定に基づいたところの疏水事業はその後において農民の漂漑用水に一滴なりとも支障を与えてはならない……しかしながら、その灌漑用水も農民に支障のない範囲において少なくとも宇摩郡地方発展のために、殊に宇摩郡約一万人に関係する製紙従業員のために、あるいはまた宇摩郡の製紙業者から徴収する約七、〇〇〇万円の愛媛県税のためにも、この事業の伸展こそ最も大事なことで……知事がこの問題をどのようにお考えになっておるか……。」
 山上次郎議員「……かくのごとく灌漑とは絶対不可分の関係にあり灌漑第一の目的をもって作られておるこの疏水事業、農民の歴史的な労苦と巨額の負担をもって、今完成中でありますけれども……農民は殆ど水の恩恵を受けておらない……しかるに最近製紙工業者は、先般来数ヶ月にわたり新聞紙上において、まさに白昼公然と製紙業者のこの水言々のことについて、あるいはまた中央においても陳情……いささか製紙関係についても言及せざるを得ない……。さて、この水を今工業者がいくらか利用しておるのでありますがここにはっきり四回にわたって調印されておる。あるいは内 務省の水利権の問題に対する、愛媛県に対する認可を何回繰り返し読みましても……製紙家……の水は一滴もないのであります。また一銭の負担も工業者はしておらないのであります。こうした工業者が水を取っておるのでありますが、果たして許可を得て取っておるのかどうか。水を取るということが協定におきましては、これを取るとすれば違法ではないか、私はこの問題につきまして誰が水を取ることに許可を与えたか……私は……工業者が水を使ってはならないというのではない……水は低きに流れるのであり、河川法に従い、あるいは水利権に従いまして、なお協定に従いまして又適当な方法で水を取るのであれば私は賛成であります。……単に農民代表とか、工業者代表というような、そういう狭量な立場から銅山川の問題を断じて論ずるのではなく……共存共栄できるような措置において……製紙産業の発展興隆こそ願うものでありますけれども、この協定になくして、また多額の費用を投じておりながら、いまだ水を得ない農民、それに反して負担せずして、また協定にない水を取っておる……この不合理を私はなげかざるを得ないのであります。私は本問題はあまりに重大でありまするが故に、あまりこれ以上追求、あるいは論じようとは思いませんが、工業者と疏水の関係について何か秘密協定があるかのように感ぜられ……御答弁が願えれば幸いであります。」
 知事「……銅山川水利権の帰属問題でありますが、これは潅漑用水につきましては昭和一一年一月三〇日付で愛媛県知事が河水引用の許可を承けております。発電水利につきましては、昭和二四年一一月一五日付許可を申請中で……要するに水利権は愛媛県知事が持っておりその目的は灌漑用水と……発電用とでございます。……疏水事業と製紙業者との関係でございますが、前に申し述べましたように水利権は県に属し、その目的は農業用と発電用とで……その発電されましたところの余った水を、水の有効利用上、工業用水に利用せられることも考えております……。」

 銅山川疏水事業案件経過報告

 昭和三三年七月の愛媛県議会において、菅豊一商工水産委員長は次のように報告した。以下その要旨のみを抜粋する。

 「……本来、銅山川の分水は農業用水を確保することが目的で、工事費の負担もその目的にそってアロケートされたのでありますが、近年地元産業の目覚ましい発展に伴って工業用水の需要が俄かに増大を来たしたため、これを充たすため灌漑用に設置されていたニードルバルブを開き発電所を通さずして直接赤之井川に放水、電気の犠牲のもとに五〇個ばかりの水が横から抜かれ……発電よりも工業用水の方の比重が重く扱われている変則的な事実が発生……。このことを巡りまして、地元工業者からは工場誘致の条件等を根拠に強く工業用水の確保を要望され、一方では四国電力から契約料金の補償問題が提起され、まったくのっぴきならぬ事情に直面している県の立場に私どもは唖然といたしますと共に、地元産業の育成……対徳島県関係への影響を考慮し、その問題の取扱いに慎重を期し……。理事者の説明を求めましても、このニードルバルブを工業用に使う動機は一向はっきりせず、然も水量をだんだん増加……行政秩序の紊れを指摘し……次の三点を一一月二五日理事者に要望……。
  一、ニードルバルブからの取水については、県工業者と共に自粛の実を挙げること。
  二、県は工業者に用水増量運動をさせぬよう措置すること。
  三、県はニードルバルブの開閉について責任の所在を明らかにすること。
  また……知事に対し次の申入書を手続したのであります。」

     申入書(昭和三二年一一月)
 一、二  省略
 三、われわれとしては、現在における諸情勢を考慮の結果、次の結論に到着した。
  ① 銅山川の分水は本来農業用水と発電用水の目的……この目的が侵される場合は、議会はもとより県民から大きな批判を受ける……本来の目的にそうよう善処されるべきこと。
  ② ダムの機能が実質的に本来の目的を外れるときは、極めて重大な問題……十分な考慮を払うこと。
  ③ 県の商工行政は県下全域の商工業者を利するよう配慮……冬期渇水の場合、苟しくも非難を受けるが如きことのないよう配慮すること。
  ④ 特に徳島県との分水協定が漸く解決の曙光が見えつつある現在県内問題のためその前途に重大な障害をおよぼす如きないよう格段の善処を強く要望する。
  ⑤ 工業用貯水池は既に設置されておるべきが当然……地元の責任において緊急措置されるべきもの…県はこれが促進につとめ、同地区工業用水確保の抜本的対策を考慮されたい。
  ⑥ (省略)
  「……伊予三島市と川之江市におきましては、増大する工業用水の需要に対処して、その確保を図る目的の、一部事務組合を組織し、容量六万トンの調整池をつくり、公営企業として工業用水事業を営むことになっており……奔走中で疏水組合の起債償還との関係で許可が遅れ、従って工事が着工できぬ事情にあったので……議長より次の申入をなすこととなり……。」

           申 入 書
  本日、銅山川疏水事業につき……次の各項につき……これが実現につき迅速かつ適切なる措置を講ぜられるよう申し入れる……。
  一 県議会は、銅山川総合開発本来の利水目的はこれを変更しない方針をとる。即ち農業用水及び発電用水を他のいずれの利水事業よりも名実共に優先させる。知事は速やかに工業用水調整池の完備を期し……またニードルバルブの開閉は農業用水利用の場合に限る……。
  二 川之江、伊予三島地区工業用水の供給については、自治行政の公平を期する観点から、過去及び将来にわたる水源費用の負担を求む……。
  三 工業用水の暫定的特別供給に伴い、県が四国電力㈱その他に対して補償を要することとなったときは、これをすべて地元工業者に負担させられたい。
  四、五 (省略)
 「……その後……工業用水を無料で提供することは……都合が悪いとの判断のもと水代金を徴収……その金額を定め、その方法を如何にするかという非常に難しい問題……またいろいろな問題が提起され……、その第一は……行政機構上の不備……水利権の関係は土木部、発電関係は公営事業局、工業用水や工場誘致は商工労働部、農業用水や農民負担の問題は農林水産部、上水道は衛生部、それに総合開発計画や連絡調整は総務部というように事務が非常に多岐に亘っており……私どもは……総合的、積極的な事務処理体制の整備と行政管理の徹底化を要望……一応の体制が実現しました(注)。
  第二は、工業用水調整池の問題……銅山川第一発電所を正常運転に復し、その余水をもって工業用水を充足させるため……約一六万トンの調整池が必要……現在の第一期工事では六万トンの容量が確保され、それが近く竣工の見込み……なお十分な調整能力は備え得ませんので第二期工事が早急に実施されなければなりません。……なお現在の工業用水利権は、和二八年分水実現の際、三〇個以内ということで許可……五〇個に増量して申請しております分は……許可を留保……。
  第三は、……工業用水の水代金の問題……工業用水の原価諸元の内、水源費に相当するものをアロケート方式によって算定しようということになり……ダム建設の共同費用を五九個使用の工業用水に割り振
れば九千三百万円が持分となり、その内単独施設費として妥当な過去における工業者の直接投資六千百万円を差し引けば三千二百万円が適当な負担額であるという結果……その線で地元工業者と折衝するよう要求……。
 第四は、工業用水調整池の起債の問題……ニ千八百万円を県が負担する用意がある旨の計画書を提出、それによって一億一千余万円の起債が許可されることとなった……。(第五、第六 省略)
 第七は、四国電力からの補償の問題……概ね次のような要求を示しているのであります。
   一 工業用水の使用計画及び今後の発電計画を文書をもって提出されたい。
   二 工業用水については協力するが、それによる発電上の損失の補償……。
   三 工業用水は効率的に使用するよう県において指導……早急に工業用水の調整池をつくり、発電を本来の姿に戻されたい。
   四 調整池整備の促進について特に配慮されたい。
 第八は、第二幹線水路の問題……ダム貯水絶対量の限界、第三発電所建設や工業用水組合との関連もあり……第二幹線水路については実現不可能……その代わり別の案をつくり川之江市の用水の確保方の検討……。
 第九、十 (省略)
 さて、以上十項目に及びます県内問題中……一応のメドがついたと思われますのは……地元代表と県理事者との会談が行われ(本年三月八日)……次の各項であります。
  一 県が農民負担の軽減を図って疏水組合起債繰り上げ償還に協力しようとしている二千八百万円につき、その半額一千四百万円を水代金として地元工業者が負担し、六万トンの調整池を早急に築造する。
  二 調整池不足分も地元において築造する。
  三 農民負担の軽減については、今後これ以上の要求をしない。土居町の要求については地元において内部的に善処する。
  四 上水道用水ポンプアップの電気料金は地元において負担する。
  五 徳島県に対して補償が必要となったときは、その負担について相談に応じる。
  六 四国電力に対して補償を要することとなったときは負担する。
  七 以上の外、地元工業者は将来一切の金銭的負担に応じない。
 ……この地元の回答に対しましては、対策委員会としての結論は出しておりません……以上……私の報告を終わらせて戴きます。」

 (注)この議会の意向を受けた県では、昭和三四年(一九五九)八月、『愛媛県水利対策協議会規程』(訓令第一三号)を定めた(三九年七月改訂)、その第一条に「銅山川分水その他水利に関する重要事項について各部局の連絡調整を図るため、愛媛県水利対策協議会を設置する。」また第五条には「協議会に専門的事項を調査、検討、又は処理するため技術部会、上水道用水部会、工業用水部会、農業用水部会及び発電用水部会を設置する。」とある。

 銅山川疏水と工業用水との関係は、この商工水産委員長報告が、総括的、具体的に極めて鮮明に浮き彫りにしているので、少し長い引用となったが収録した。ともあれ、工業用水は多数の地域住民の生活用水や農業用水と異なり、少数の工場とか企業に(それらは通常利潤原理に支配されている)直結していることもあり、そして最も著しいことは、此の疏水事業の目的が農業灌漑用水と発電用水に限定明示されているため、工業用水が、例えそれらの余水といった形をとるにせよ、その水源や水利権を新規参入者として新しく確保することの如何に困難であるかを示している。
 一方、前述したように県議会や県当局の動向を背景とし、地域の製紙業界の加速的発展に対応するため、次の項で述べるような専用工業用水道事業の建設がみられた。