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愛媛県史 社会経済5 社 会(昭和63年3月31日発行)

一 経済変動と農民生活

 地租改正の結果

 明治政府の主要な財源は、旧幕府時代の年貢を受け継いだ地租であった。新しい財政策の確立と財源の安定のためには、地租の全国統一と近代化をはかる必要があり、土地制度の改革を実施しなければならなかった。明治六年(一八七三)七月二八日、政府は「地租改正条例」を発布して、改正事業を開始した。地所段別・地位等級・収穫高・穀価など地価算定の基礎資料が調うと、地価が算定され、その一〇〇分の三が地租、一〇〇分の一が民費となった。愛媛県が示した算例は表2-1のようになっており、地主には自作地の六分、小作地で四分の利益となるよう試算されている。「愛媛県地租改正紀要」には、「本県ノ地租改正事業ハ明治九年十月二着手シ同十四年十一月二至リ整頓ス、其総反別三拾四万二千六十九町五反畝廿一歩五合五勺、地価金三千百七十四万九千二百四十七円六十四銭、地租金九十五万二千四百七十七円四十五銭五厘ナリ」とある。
 改租事業の結果、愛媛県では減租になった地域が多く、全体で一五万一、〇〇〇余円の減税であった。旧藩時代の伊予国は、旧税がかこくであったため、改正地租は旧税に比べて相対的に軽減されているという印象を農民に与えた。このため多くの県で起こった地租改正反対の農民騒動が本県で発生しなかった一原因と考えられる。しかし、この新地租は富農・地主の立場を有利に導いたのみで、中小自作農の税負担を軽減することにはならなかった。既に明治一一年時で地租未納額が一万九、九九一円余に達していることは地租改正が農業経営を圧迫していることを示している。その上、明治一四年以降の松方デフレ政策による米価の下落と増税で、地租不納・滞納者が続出していった。

 松方デフレ政策

 明治政府は、成立当初から財政に乏しく多額の不換紙幣を発行して、財政を運営していた。さらに、明治一〇年(一八七七)に勃発した西南戦争の戦費の必要から不換紙幣を一層増発したので、国立銀行の不換銀行券の発行と相まって、明治一一~一三年に激しいインフレーションを引き起こした。この結果、政府の歳入が実質的に減少して財政困難を招き、殖産興業政策の国家目標を著しく阻害することになった。同一四年大蔵卿に就任した松方正義は、財政緊縮政策を強行したため、インフレーションは一転してデフレーションとなり、米価など著しい物価の下落をもたらし、深刻な不況が全国を覆った。
 愛媛県においても、表2-2にみられるように県内の米麦生産高は、上昇しているにもかかわらず、生産金高は明治一三年(一八八〇)を頂点として一四年以降激減している。米などの農産物価の急落は、農家収入を減少させ、農家においての実質的負担を増大させた。同一七年に至っては、農産物価の下落に加えて、二回の台風被害による米の生産高の激減とその復旧対策費として地方税追加課税が重なったため米生産高の七〇%を超える過重負担になった。
 こうした松方デフレによる農家家計の圧迫は、所有地を書き入れ・質入れして借財する農家を激増させた。これら書き入れ・質入れ地のなかには、借金の返済が不能になり、他人に所有を移す土地が急増した。明治一三~一七年の間に、売買地所の地価金高は、本県全地価高の二一・三%、その面積を田地と考えると、二万三、〇五六町歩に及んだ。不況が最も進んだ明治一七年には、県下各地の村から貧民救済のための貸下金嘆願が相次いだ。その一例として、東宇和郡阿下村(現野村町)の嘆願書をみると、日増しに生活が苦しくなり、金銭を融通することができなくなったこと、その理由として、米価などの下値を挙げている。そして、兄弟姉妹に奉公・出稼ぎをさせても窮乏していることを訴えている。
 このような状況は、県下の農村地帯にみられ、窮乏した中小農民は、土地を質入れ売却して小作農に転落したり、経営規模を縮小して、小作農を兼ねる者が多くなった。富農・地主はこれらの土地を買い取り、小作地を増大して、漸次寄生地主化していった。表2-3に示されるように、県内の耕地の小作化は激しく進み、明治一七年末の自作地・小作地の比率は、愛媛県全体で五〇・九八対四九・〇二(内旧伊予国六一・五一対三八・四九)とほぼ等しく、二〇年末には四六・二五対五三・七五(内旧伊予国五二・七〇対四七・三〇)と、小作地が自作地を上回った。このように、県下においても松方デフレは農村に地租改正とともに明治一三~一七年の五年間にいわゆる資本の原始蓄積を進行させ、資本主義社会移行の準備を整えたのであった。

表2-1 愛媛県が示した地価算定の例

表2-1 愛媛県が示した地価算定の例


表2-2 愛媛県における米・麦の生産高及び生産金高の推移

表2-2 愛媛県における米・麦の生産高及び生産金高の推移


表2-3 愛媛県における自作地・小作地の推移

表2-3 愛媛県における自作地・小作地の推移