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愛媛県史 社会経済6 社 会(昭和62年3月31日発行)

三 罹災救助制度の整備

 罹災救助基金法施行規則の改正

 被災者の応急救助については、明治三二年の罹災救助基金法に基づき、愛媛県では同年罹災救助基金法施行規則を定め、その対応にあたってきた。大正七年法律第一九号で罹災救助基金法が改正され、その結果「学用品、運搬用具及人夫賃ノ支出ヲ為シ得ルニ至リタルト、従来一般会計ヨリ支出シ来クレル基金管理費モ亦基金ヨリ之ヲ支出シ得ルニ至リタル為」と同時に、「物価騰貴ニ伴ヒ救助費増額、必要ヲ認メ」との理由で、県は同規則の改正を大正七年通常県会に提出した。県会では異議なく可決され、内務、大蔵両大臣の認可を得て、改正規則は同年一一月二五日から施行された。改正点をみると、罹災者への給与額で、薬代は三銭以内から五銭以内へ、被服費は一人二円以内から七円以内、小屋掛料は一戸六円以内から一五円以内、就業費は一戸一〇円以内から一五円以内とかさ上げされた。そのほか、新規に「学用品費ハ教科書及文房具ニ充ツ、文房具費ハ一円五〇銭以内トス、運搬用具及人夫費ハ各実費トス」の費目・金額が設定されたほか、将来の物価変動を考慮して「必要ト認ムルトキハ其ノ(救助費)十分ノ五以内ニ於テ之ヲ増減スルコトア
ルベシ」の一項を加えていた。また、公共団体に対する貸出金利について、「災害復旧費又は伝染病予防費 四分八厘以上、その他の事業費 五分三厘以上」を定めていた。なお、法改正による基金管理費の基金負担を明記しているのは勿論のことである。なお、大正一五年八月、県訓令第八七号により「罹災救助規程」が改正施行された。
 罹災救助基金は、各府県における罹災救助に大きく寄与していったが、一方では北海道を除き他の府県ではいずれも法定蓄積高を超過する余裕をみせる状況となり、昭和恐慌以後、税収が激減して財源難に悩
む府県にとってはその活用が強く望まれることとなった。そこで政府は、昭和七年九月法律第三三号をもって罹災救助基金法を改正し、一定条件のもとに基金収入から救助費その他の必要経費を控除した残額の二分の一以内を限り、救護法施行に要する経費に充当し得ることとした。なお、当分の間その他の残額をも道府県の必要経費に支出し得ることとした。これは、一般救護の経費支弁上寄与すること大なるものであった。
 愛媛県では、昭和七年通常県会に、罹災救助基金法施行規則改正案を提出し、県会の可決決議を得、内務・大蔵両大臣の認可を得て、翌八年四月一四日県令第二四号で布達した。改正点の第一は、支出対象に①公共団体の貸出で「(伝染病予防費)及之ニ準スル必要費用」を加え、②「埋葬費ハ一人十円以内トス」の条項を追加、③「救護法施行に要する経費として一般会計への繰り入れ」を認めた。第二には、貸出金利率の各一分ずつの引き下げであった。第三には、附則の中で、「金額の限定」と「当分の間」との規定をしているが、「社会事業の助成その他必要なる経費」のために一般会計への繰り入れを認めていた。県では早速、昭和八年度当初予算案にこれを適用し、歳入臨時部繰入金に罹災救助基金繰入金一一万七、五〇〇円を計上している。
 当時の罹災救助の事例をみると、昭和九年旱害では、県は、特別税戸数割一戸当たり平均額の半額以下の困窮者で主要作物の減収七割以上の者を、要救助者の対象と定めて調査をしている。その結果、該当戸数一万〇、二二三戸、人員五万三、六八七人とし、一人一日白米三合五勺宛一か月間(三〇日)給与として、総経費一六万九、一一四円余と算定している(資社経下四八九ページ)。
 また、制度上とは別にいわゆる義損金が交付される事例がある。昭和一〇年県政事務引継書に、同じく旱害について「窮乏農村救済義損金ニ関スル収支概要」(資社経下四八九ページ)があり、それによると、収入一一万三、三一二円余で、内務省社会局社会部長あてに送金されたものの一部が愛媛県内の罹災者に対し交付されている。出損金は三井合名・三菱合資両者社長名義が大部分で、その他個人出損分が含まれている。県では、これを一市八四町村の一万〇、七一八人に対し、一人につき一日金一〇銭の割合で三〇日分、計三万二、一五四円を交付している。ただし、調査未提出の市町村が多数あって、推計では救護人員を約二万人としている。
 また、同年の室戸台風による御下賜金御救恤金等の収支概要の報告によると、収入は御下賜金、各宮王公家御救恤金、満州国皇帝義損金、各新聞社各官庁官民義損金、愛媛県社会事業協会募集義損金など四万七、一四二円余で、これを罹災程度に応じて分配・交付している(資社経下四九一ページ)。

 戦時災害保護法施行細則の制定

 戦争の激化に伴い戦災対策の必要に迫られた政府は、昭和一七年「戦時災害保護法」を制定した。愛媛県では、同年一〇月二七日県令第一一三号で「戦時災害保護法施行細則」(資社経下四九一ページ)を令達した。それによると、救助内容は県罹災救助規程にほぼ準ずるものであった。戦時災害によって危害を受けた者に対し、避難所の設置、仮設住宅建設、食品の給与、被服・寝具の給与又は貸与、生活必需品の給与、医療・助産、学用品の給与、埋葬、救助のため必要な人夫賃・運搬費等についての救助費用を支出することを定めていた。