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愛媛県史 教 育(昭和61年3月31日発行)

1 明治期の図画教育

 鉛筆画時代(西洋模倣)

わが国の教育に図画が取り入れられたのは、安政四年(一八五七)に開校した「蕃書取調所」(後の開成所)に画学局があり、川上冬涯が局長となって図画の教授が始められたことによるといわれてい
る。明治五年(一八七二)の学制頒布以来、同二〇年ころまでの初等教育における図画教育は、文明開化、西洋模倣の影響を受け、西洋の模倣、鉛筆画による臨画模写が中心であった。
 本県における当時の図画教育の実情は、当時使用された検定教科書や、古老の経験談によって察知するよりほかないが、おそらく教科書(教本)の模写をすることが目的であり、学習内容であり、それも読み書きや数の学習に比べると、徹底して学習されたものではないようである。
 当時の教科書としては、明治四年文部省発行の『西画指南』、同五年宮本三平編の『鉛筆画手本』、同一一年文部省発行の『小学普通画学本』、同一八年文部省発行の『小学習画帖』など七、八種類があったと記録されているが、このうち、『小学習画帖』『小学普通画学』などは、愛媛県立図書館にも収蔵されている。
 明治一四年二(一八八一)の学制によれば、小学校は初等科・中等科・高等科に分かれ、初等科には図画は無く、中・高等科に図画・罫画(用器画)がある。ついで、同一九年の学校令では科目の大改正が行われたが、図画だけが残された。その内容は自在画と罫画を含めたものであった。
 『小学習画帖』には図2-4のような教材があり、また同教科書の巻頭に「臨写通則」なるものが載せられていて、臨写の方法が細かく説明されている。また、他の教科書の内容も大同小異で、図画科の学習は、与えられた手本をいかに寸分違いなく模写することかということであった。そして、教材の人物の姿などからも、西洋崇拝の気風が感じられる。

 毛筆画時代(国粋保存)

この時期(明治二一年~同三〇年)は、フェノロサ(米国人)、岡倉天心らの国粋保存論が台頭し、図画教育においても、日本画こそ、その中心教材であると主張して、西洋模倣の鉛筆画を批判した。そして、毛筆画中心の教科書を出し、鉛筆画論者の小山正太郎らと対立した。
 県立図書館に、当時の検定教科書であった『帝国習画帖』(巻一~九)、岡倉秋水編『日本画鑑』、滝和亭著『高等毛筆画手本』(巻一~五)、孝学友彦著『図画帖』などがあるが、いずれも、毛筆画による手本模写臨画を中心としたものである。
 本県の図画教育の状況は、鉛筆画・毛筆画にかかわらず、臨画模写が中心であったことが古老の経験から察知できる。しかし、当時、検定教科書がどの程度普及していたか疑問である。
 いずれにしても、現在の創造的表現による美的情操陶冶とか、人間形成としての美術教育というような理念とは程遠いものであった。

 国定教科書時代(新定画帖)

 この時期(明治三一年~同四五年)は、自覚期または建設時代ともいえる時期で、西洋模倣、国粋保存の両論にかかわらず、国民の基礎教育としての図画教育とは何かということが考えられた。
 明治四一年(一九〇八)、文部省が発行した最初の国定教科書である『新定画帳』は、今日の目から見ればいろいろと批判もあるが、当時としては、児童の心理発達を尊重し、初めて、教育的観点を重視して編さんされた進歩的な教科書だといわれた。
 その要旨に、「図画ハ通常ノ形体ヲ看取シ、正シク之ヲ画クノ能ヲ得シメ、兼ネテ美観ヲ養ウヲ以テ要旨トス)と示され、従来の臨画方式一辺倒のものでなくて、内容も、写生画・記憶画・考案画に分類して、児童の自由表現が多分に尊重されている。
 明治末期から大正期に生まれた児童は、すべてこの新定画帖を使用したのであり、ねずみ色の上図に掲げた教科書は、現在七〇歳前後の世代にとってはなつかしい本である。
 その教材の表現用具は、鉛筆画・毛筆画にこだわらず、色鉛筆・クレヨンもあり、領域としても、図案・用器画が加えられた。
 しかしながら、当時、本県における図画教育の実情は、この図画教科書を生かし、各学校で教授細目(教育課程)を作り、児童の造形活動を伸長するというようなことは考え及ばず、無味乾燥な臨画的描写技術として取扱われた。

 中等教育における図画教育

 中学校で使用した検定教科書では、図画教育会編さん、中村由松著『改訂図画教科書』中学校用が県立図書館に収蔵されているが、中等教育においても描画については初等教育同様、臨画中心のものであり、いかに手本を模写するかということが学習のすべてであった。
 県立今治中学校の「教授法概要及訓育の状況」(明治四三年)に図画科の教授法が示されているが、当時の教授内容や方法がうかがわれる。特に写生画とか用器画が取り上げられ、精確な技術、実用が強調されている。

     今治中学校教授法概要 第九 図画科
一、本科教授二当テハ、実用ヲ旨トシ兼テ美術思想ヲ涵養シ、趣味ヲ増サシムルコトニ務ムベシ
ニ、写生画二於テハ、視像ノ形状、陰影及ビ色ヲ正シク判断シ、精確二模写スル力ヲ養成スベシ
三、臨画ト写生画ト関連シテ之ヲ授ケ、之ニヨリテ主トシテ技術ヲ練習セシメ、又時々考案画ヲ課シ思考カヲ増サシムベシ
四、用器画ハ精確ナル想像カヲ要シ、物体ヲ精密二観察スルノカヲ養成スルノ基礎トナルベキモノナレバ、之ガ教授二当リテハ単二理論ノミニヨラズ、之二適合セル実例ニヨリ充分二了解セシムベシ、又時々製図ヲ課シ精密二模写シ得ルノ技能ヲ養成スベシ
五、生徒ヲシテ常二姿勢及執筆ヲ正シクセシムベシ
六、生徒ヲシテ常二器具ノ整頓及保存二注意セシムベシ
七、生徒ヲシテ常二名画ノ類ヲ見セシムルコトニ留意スベシ

図2-4 『小学習画帖』の教材

図2-4 『小学習画帖』の教材