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愛媛県史 教 育(昭和61年3月31日発行)

2 国民学校初等科第四学年の『郷土の観察』

 太平洋戦争が始まる前、昭和一六年(一九四一)四月に国民学校令が施行された。
 従来の修身・国語・国史・地理は、相携えて国体の精華を明らかにし、国民精神を涵養し、皇国の使命の自覚を培うことを目指して、これらの教科を国民科としてまとめた。また、郷土を国史・地理未分化の立場から実地に観察させ、郷土愛の精神を培うとともに、国史・地理の学習の基礎にするために、文部省は初等科第四学年に 「郷土の観察」を位置づけ、その「教師用」を同一七年三月二七日に発行した。
    『郷土の観察』教師用目録
総 説
一 国民科指導の精神
 (1)国民科の意義
 (2)国民科に於ける教科と科目との関係
 (3)国民科の教科書とその指導方針
 (4)国民科と他教科及び儀式行事との関連
二 国民科国史指導の精神
 (1)国民科国史の意義
 (2)国民科国史の指導内容
 (3)国民科国史指導上の注意
 (4)国民科国史教科書編纂方針
三 国民科地理指導の精神
 (1)国民科地理の意義
 (2)国民科地理の指導内容
 (3)国民科地理指導上の注意
 (4)国民科地理教科書の編纂方針
四 国民科「郷土の観察」指導の精神
 (1)「郷土の観察」の意義
 (2)「郷土の観察」の地域的範囲
 (3)「郷土の観察」教師用書編纂の趣旨と
取扱上の注意
各 説
一 展望
二 学校
三 山・川・海など
四 気候
五 産業
六 交通
七 村や町
八 神社と寺院
九 史蹟
附 録
 国民学校教育に関係ある軍事取締法規に就いて
 〈「郷土の観察」の意義〉 「郷土の観察」は、郷土に於ける事象を観察させ、郷土に親しみ、郷土を理解し、これを愛護する念に培ふことを目標とする。しかも事象を単なる事象として取扱ふものでなく、常に自然と結び、生活と結び、文化と結んで考察せしめ、また事象をその存在と発展の相に於いて把握させる修練をなさしめ、以て国民科地理及び国民科国史の学習の基礎たらしめることを期するものである。
 「郷土の観察」を、初等科第四学年に位置づけたのは、児童に最も近接し、その生活の環境としての「郷土」を観察させ、これに親しみ、これを愛護するの念に培ふもので、学習として最も具体的であり、随って児童の興味を喚起し、容易に理解せしめ得るからである。
 元来郷土は児童の誕生の地である。父祖代々ここに居住して、皇国のため奉公を致した地である。しかし他郷に生れ、幼くして父母とともに一時この地に移り住んでゐる者もあらう。人生のいはば神話時代である幼少年時代を生活する環境は、一生を通じて忘るべがらざる心の故郷であり、精神生活の地盤であって、この意味に於いては必ずしも児童誕生地、父母伝来の居住地ならずともよい、児童にとって精神的に意義の深いところを郷土と考えてよい。
 しかも、郷土は皇国の一部であり、わが国土の縮図である。郷土の事象を観察把握することは、やがてわが国土国勢の具体的な理解に資し、国史の一環としての郷土の認識に資せしめ、郷土愛の啓培は国土愛護の精神に拡張せられ、皇国の使命の自覚に昂揚せられるものである。
 〈「郷土の観察」の地域的範囲〉 普通に「郷土」といへば、行政区画としての市・町・村を以て単位として考へられるのであるが、この単位に拘泥しては、指導上必ずしも適切でない場合がある。市町村がかなり広い地域を有する場合、その全体にわたって児童に観察させることはほとんど不可能であるし、行政区画としては他の市町村に属する場合でも、それが極めて近接し、特に郷土と密接な関係を有する場合には、それを観察の範囲に入れることが可能であり、有意義である場合もある。
 そこで、「郷土の観察」に於ける「郷土」は、大体に於いて児童の通学する学校を中心とし、その学校から徒歩、または交通機関を利用して、学校時間内に目的物を観察し、帰校し得る地域を以て範囲とするのが適切であることになる。
 〈「郷土の観察」の指導方針〉 (1)事象を実際に観察し、考察、処理する態度に導くこと (2)事象を関係的に観察するやうに導くこと (3)作業を重視すること (4)児童心身の発達に即応して程度を考慮すること (5)国防に関する指導に考慮することー国防に関する観察指導は、国家総力戦の立場から極めて大切なことであるが、それを単なる一項目として指導することなく、郷土の地勢・交通・聚落・産業・史蹟等の各事項にわたって、常に関係的に指導すべきである。(6)他教科・他科目と密接なる連絡のもとに指導すること
  〈編纂の趣旨と取扱上の注意〉
(1) 児童用書を編纂しないこと
 郷土の観察は、上述の如く郷土の実地観察を主体とし、できる限り郷土の実際について直観的具体的に、かつまた作業的に指導すべきであり、「郷土の観察」教師用書は、この趣旨に基づいて編纂したものである。しかもこの趣旨を達成するには児童用書の必要を認めず、むしろこれを編纂、使用させれば、結局「郷土の観察」を机上の教科書による指導に堕せしめる虞がある。教師用書のみを編纂した理由はここにある。
(2) 教材の選択と排列
 一、展望  二、学校  三、山・川・海など  四、気候  五、産業  六、交通  七、村や町  八、神社と寺院  九、史蹟
(3) 授業時間の配当
 「郷土の観察」は一週一時となってゐるが、実地について指導することを本体とする関係上、一時を単位としては無理な場合も多からうから、数時間継続して指導してもよい。土地の実情や教材の性質によって、一日がかりで指導しなければならないものもあらうし、半日かかるものもあらう。あるひは季節によって実地観察がほとんどできない地方もあらう。いづれにしても時間割を固定しては指導に都合かおるいから、適当に融通し合って、有効適切に指導すべきである。
(4) 教具
 〈教材とその趣旨〉  一 展望 高所から郷土を展望させて、郷土に親しむ情と、「郷土の観察」に対する興味とを起こさせるとともに、方位の判定や距離の目測について初歩の指導をする。二 学校 郷土生活に於ける修練の場所としての学校の現状を観察させるとともに、その沿革の大要を知らせて、学校に対する理会と親愛の情を深めさせる。三
山・川・海など 山・川・平野・湖沼・海岸・海等を実地について観察させて、郷土の地勢の大要を知らせ、地勢と郷土の生活との関係を具体的に理会させるとともに、簡単な写景図の描き方、地図の見方の初歩を指導する。四 気候梅雨や台風などを観察させ、気温・晴雨などの長期観測をさせて、郷土の気候の大要を知らせ、天気や天気予報などについても初歩の指導をする。五 産業 郷土の主な産物、その生産の場所及び状況等を観察させ、郷土の産業と生活との関係、並びに郷土の人々が産業を通して、国運の発展に貢献してゐる実情を具体的に考察させる。六 交通 乗物や道路を観察させて郷土の交通・運輸の大要を知らせ、交通が産業と密接な関係を有すること、ひいては郷土の盛衰に大きな影響を与へてゐることを理会させる。七 村や町 郷土の村や町を観察させ、その成り立ちや発達について地勢・産業・交通等に関連して簡単に知らせ、児童が日常親しんでゐる村や町についての理会を深めさせる。八 神社と寺院
 郷土の神社に参拝させて神域の森厳な気にひたらせ、その沿革などをも簡明に知らせて敬神崇祖の念を深め、寺院に参詣させて祖先追慕の念、宗教的情操に培ふ。更に社寺と文化、社寺を中心として行はれてゐる郷土生活の実情などを理会させる。九 史蹟 郷土の史蹟を観察させ、史蹟に関する史実の大要を知らせ、祖先の業績をしのばせて、郷土の生活を歴史的発展的に考察させるとともに、史蹟を愛護し、祖先の精神を継承発展させる心に培ふ。「郷土の観察」の意義から考えると、国民科「郷土の観察」において、郷土愛の精神を児童に培ってもらいたいという文部省の強い意図がよくわかる。すなわち、戦時下の郷土教育は、このような形をとったのである。