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愛媛県史 原始・古代Ⅰ(昭和57年3月31日発行)

1 時期区分

 時期区分と六分法

 明治の中頃から昭和の初年にわたり、愛媛県下の各地で採集された先史遺物、なかんずく縄文時代の土器・石器などに関わる論考を残された犬塚又兵、横地石太郎、鵜久森熊太郎、西園寺源透、長山源雄らの先学は、しばしば厚手式・薄手式さらには出奥式の呼称を用いられた。
 これらは土器の形態に付された名称とはいえ、厚手式がより古く薄手式がこれに続き、出奥式がさらに後出するという編年的位置づけが含まれていたものと考えられる。
 さて、日本の考古学界では昭和一〇年代(一九三五~四四)、縄文土器の編年的研究は一段と進められ、当然ながらその時期区分について提案が出されている。例えば八幡一郎は前・中・後の三期に、山内清男は早・前・中・後・晩の五期を提示した。この五期分類は、今日の学界における縄文時代時期区分の主流でもある。その後昭和四四年(一九六九)、山内は、かつての早期の前に草創期なる時期を附加し六期分類を提唱する。
 ここで用いる縄文時代の時期区分は、上浮穴郡上黒岩岩陰遺跡において、縄文早期のひとつの指標ともする押型文土器がその第四層から、さらにその祖型につながるかとされる無文土器が第六層から、さらにその第九層からはまさに草創期の名を冠すべき細隆起線文土器が検出され、その明確な層位的区分からも、六期分類によるべきものと考えられる。

 Cの14乗による年代測定

 つぎにこれら六期にわたる時期の絶対年代について、若干触れておこう。すでに米国のアイソトープ研究所のCの14乗測定で、上黒岩第九層は一二一六五±六〇〇B.P.に、その第六層は一○○八五±三二〇B.P.の数値が出されている。このCの14乗年代測定法をきわめて簡潔に概略述べる。
 一九四〇年代シカゴ大学のリビー博士(Libby)は、炭素の同位元素として普通は12(陽子6・中性子6)の重さのCの12乗の他に、14(中性子が2個多い)の重さのものが天然に存在すること、その存在比は10の14乗個に対して一個程度であることをつきとめた。さらにこのCの14乗は、大気上層部で窒素原子が宇宙線を受け、原子核反応を起こすことで形成されることも確認した。大気上層で生成されたCの14乗は、Cの14乗Oの2乗(炭酸ガス)となって地表に達しその大部分は海水中に溶解するものの、その一部は大気中にとどまりCの12乗Oの2乗ともに植物の光合成の対象となり、植物体内で有機物に変えられる。植物体が生命活動を停止した時、Cの12乗:Cの14乗=10の14乗:1であるが、Cの12乗がきわめて安定不変であるのに対し、Cの14乗は五七三〇年の半減期でβ線を放出し、ついにはもとの窒素原子(N14乗)へと壊変する。したがって植物遺存体中のCの14乗濃度の測定によって、その経過時間を算出し得るとの理論を確立し、一九五〇年エジプトのファラオーの棺の測定でスタートが切られた。(なおB.P.とは測定年より以前の意)
 わが国でも縄文時代遺物を通してのCの14乗の測定例は数多い。しかし、なかんずく土器始源期の遺跡、例えば夏島(神奈川)・井草(東京)・福井(長崎)・上黒岩などでの予想を越えたともされる数値に対して、疑問を投げかける考古学者もある。特にその数々の業績からも、日本の考古学の重鎮とされた山内清男は、草創期に伴う一種の砥石とされる矢柄研磨器(上黒岩第九層からも出土した)を渡来文物とし、これが大陸で西暦紀元前二五〇〇年を最古として発見されることから、縄文始源期はこの時を決して遡るものでないと主張した。この碩学が、生涯を通じてその見解を曲げなかったことを、今後においても忘却のかなたにおしやることは許されまい。
 この山内説に強く反論し、ほぼCの14乗年代の数値は妥当とし得るものとする見解も当然ながら存在する。しかしCの14乗年代を利用するに当たっては、常にそのまま実年代を示さないかも知れないことを念頭におく必要がある。特に古い時代については、両者の懸隔は予想以上に大きいかも知れない。その取り扱いには充分慎重であらねばならない。
 かかることを前提に考えながら、すでに提示されている主要遺跡のCの14乗年代では、早期中葉の黄島貝塚が六四四三B.C.±三五〇前期中葉の加茂最下層が三一五〇B.C.±四〇〇、中期後半の姥山が二五六三B.C.±三〇〇、後期終末の検見川が一一二二B.C.±一八〇との数値がだされ、有力な絶対年代基準とされることが多い。今後の県下の発掘調査でも、Cの14乗年代測定の精度をさらに増すための研究や、加熱を受けた遺跡出土の石材を対象とするフィッション・トラック年代測定法、さらには縄文時代石器素材として多用された黒曜石の水和層形成に着目する黒曜石水和層年代測定法など、理化学面での進歩に期待し、躊躇することなくその援用をあおぐことも必要である。前項でもすでに前述のごとく、火山灰層などを対象とする土器編年上の鍵層の探索など、自然科学からの幅広い援用を受け、その時期区分の確立や出土土器のより確かな年代測定にあたることが、さらに期待されている。