データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

伊予市誌

三七、夜光池のどんこ (上野)

 夜光池は、谷上山にあったとも、行道山にあったとも、また、上野の伊予神社裏にあったとも、その他いろいろといわれている。
 昔、秋の暮れ近く、余土村(松山市)の百姓が、この夜光池のそばを通っていて、ふと大きなどんこが、池の水際で、背中を出して休んでいるのを見つけた。これはいいものを見つけたと、すぐさまつかまえた。ほんとうに大きな、重いどんこである。
「これはこの池の主じゃろ。なんと大きなどんこじゃ。これで今晩のさかなができたわい。」
とよろこんで、やっと背中に負って、帰ることにした。余土村へ帰るには、重信川を渡らねばならない。
 この川辺に着いたころは、日はもう暮れかかっていた。昔のことだから、橋はなかった。今までよく渡ってきた浅瀬を選んで、渡りかけると、何やらはっきりしないが、人のつぶやくような声がする。ぎょっとして、百姓は浅瀬の真ん中に立ちどまり、暗くなりかけた辺りを見回したが、近くには人の気配もない。「ああ、何か耳のせいだったんだな。」と思って、また歩きはじめると、今度は、はっきりと、すぐ後ろから、
「どんこさん、どんこさん、どこへ行くんぞな。」
と、声がとんできたので、百姓はびっくりした。すると、
「わしゃ、余戸割木(麦わらやそらまめのから)で、背なあぶりに行くんよ。」
と、背中のどんこが答えているではないか。これを聞くと百姓はびっくりしてしまって、思わずどんこを背中から振り落とすと、
「どんこがもの言うた。ああ、おそろしや、おそろしや。」
と、ふるえながら、一目散に家へ逃げ帰ったという。