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中山町誌

一、 こうろく

 部落や組の共同体としての仕事の中には、多くの労力を要することが多い。井手ざらえ、道作り、部落有林の下刈りなどは関係地区の出夫によって行われた。
 年中行事や信仰行事には出夫が必要であり、義務として労力を供出した。この出夫をこうろくという。こうろくには事情があって参加しない者には出不足として別の仕事をさせるかそれに相当する日当を出させることもあった。
 こうろくには手弁当持参で参加する道作り、井手ざらえ、祭礼準備などの公共的作業と、まかないつきで労力を供する尾根の葺替え、家普請、冠婚葬祭などがある。
 道作りは普通秋祭り前に行っているが、また臨時に山道作りなどをすることもある。地区によっては、午前中道作りをし、午後集会所や神社、寺院のそうじをして、あとで簡単な慰労の酒席を設けているところもある。
 個人の家で建前など人手のほしいとき、こうろくで手伝うこととしてきた。手伝いは、その必要に応じて、特に親しい人、十人組内、部落内と広い範囲に及ぶ。ひきあいの中の世話役がその家の都合をきいて、手伝いの人にふれて回り、手伝った後では酒食の賄いを受けた。
 ひきあいに死人が出ると女は炊事を手伝い、男は親類への知らせや葬儀全般の準備をする。現在では、電話の普及により、親類への連絡は容易となった。当日は棺造り、お墓の穴掘り、竹箸削りなどをしたり、式後はあとかたづけをして念仏を唱えて終わる。食事は宿で昼食・夕食とも食べる。持参するものは、お悔みと米一升だけである。
 個人の家で急に病人が出たとき、手不足のため農繁期の植え付けや取り入れができなくなってしまう時がある。その時には無報酬で手伝うことが行われてきた。手伝いの範囲は、その必要度により、特に親しい人、親類、ひきあい、十人組から部落全体に及ぶこともある。また、共同で山を焼いてそこへそばを播く作業のときも、互いに手伝い合いをしていた。