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久万町誌

6 その他の功献者

 そのほか県会議長小林信近はじめ常置委員都築温太郎、属官では三野豊田郡役所の勧業係大久保諶之亟「四国新道期成同盟会」の中堅の努力を忘れてはならぬと同時に、当上浮穴郡としてはこの道に早くから着眼していた井部栄範・梅木源平・佐伯義一郎・山内賤雄・桜井政誠らの有能の氏の取巻く郡長桧垣伸あり、属官に梅木源平の長男梅木正衛・石丸正保という練達有能の人々があった。
 その他沿線の郡民の協力も大きなものがあった。上浮穴郡四〇余ヵ町村労力寄付人夫三八、一一〇余名、一人当たり一日一五銭として四二一五円その他の寄付二〇五五円、それに道路使用の土地・家屋、六二四〇坪余一坪三円二六銭として、計六二七二円の負担をしていることでわかる。かくして上下一致完成に努力したのである。
 この工事は実に大工事であった。明治二五年八月完工式をあげたものの高知県側において種々難関があり、予定よりおくれ明治二七年五月四国新道はようやく全通したのである。