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面河村誌

一 長瀞変成岩

 村内の河川に沿っている地域で、ごく普通に見られる岩石は、緑色や黒色の縞模様のついた岩石である。この岩石は変成岩の一種で結晶片岩と呼ばれている。これと同じ岩石が、西は九州の一部から、四国・紀伊半島を横断し、長野県の諏訪湖まで「中央構造線」と呼ばれる大規模な断層に沿って、帯状に八〇〇キロも続いている。面河村で見られるものも、この一部で、緑色をした緑色片岩が多い。
 この緑色片岩は、今から二億年くらいの大昔(古生代)に、海底火山から噴き出した火山灰や熔岩が、海の底にどんどん堆積し、地下数十キロの所で、できたものと考えられている。このような地下深い所にあったものが、現在、目にふれる所にあるようになるためには、大規模な隆起があったことにほかならないが、それは今から六〇〇〇万年から、五〇〇〇万年くらい昔のこととされている。中央構造線の誕生であり、昔、南海山地と呼ばれる紀伊半島から、四国・九州にまたがる大山脈の出現であった。これらは、一〇〇〇万年くらいの長い年月をかけ、少しずつ持ち上がっていたのである。したがって、隆起しながらも水の力を激しく受け、川の水にどんどん削り取られていった。その結果、地下深い所にあったこれらの結晶片岩が、現在のように、地表に姿を現すことになったわけである。面河の辺りには、中生代(一億八五〇〇万年昔から、六〇〇〇万年昔)の地層が見あたらない。これはたぶん、このとき、激しく浸食を受けた結果、削り取られてしまったのではないかと考えられている。

愛媛県付近地質概要図

愛媛県付近地質概要図