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面河村誌

五 六部谷

 相ノ木の金満家の主人は、突然、腹がうずき始めた。休んでも薬を飲んでも治らない。そこで、法のよく効くという法印に拝んでもらった。人の魂の乗り移った法印は次のようにしゃべり始めた。
   わしは、京都の人間で、四国巡拝をしていた七木忠左衛門というものじゃ。親切に泊めてくれたお前に、たたろうと思わんが、わしは大成の奥で殺されたまま放っておかれている。このままではもしも浮かばれぬ。泊めてくれたおんどくにわしを祭ってくれるぬか。
  そうしたら、お前の腹のうずくのも治るじゃろう。
 金満家の主人は、なるほどと思い「そういえば、数日前に、六部の姿をした人を一夜泊めたことがある。出発のときに、うちの家の上の石をつえで指して、この石は、自然石で扇型のりっぱなものじゃ、などといっていた。あの人は京都の人であったか。こんな遠い異郷の地で殺されては浮かばれまい。」
 主人は、さっそく総桧のりっぱなお室を造り、七木忠左衛門を丁重に祭ったので、腹のうずくのは治った。
 七木忠左衛門は、四国巡礼者として、六部の姿に身をやつし、各地を回っており、面河の相ノ木の宿を出て、大成を越え、北の方へ行く予定であったが、大成から、北の集落までは、かなりの時間がかかるので、大成で一泊することにした。あくる朝、大成の泊めてくれた男は、親切にも道案内をかって出て、鉄砲を担ぎ先に進んでいった。大きな欅の木のあるところまできた時、男は、突然、鉄砲を向け、七木忠左衛門を撃ったのである。上品な六部だから、銭をたくさん持っているに違いないと思って殺したのである。
 それ以来、村の人は、この欅のある谷を六部谷といい、今も一メートルからの長い石がこけむしたまま立っている。