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美川村二十年誌

一、動 物

 野生動物 上黒岩遺跡から、人骨のほか、犬・シカ・イノシシ・タヌキ・サル・アナグマ・テン・ネズミ・モグラ・ヒキガエル・鳥類などの骨が多く発見され、一万年以上前からこの付近に、これらの動物が棲息していたことが考えられる。
 また、七鳥・猿渡・猿遊・猿楽などの地名からも美川村は鳥獣の棲息地として適していることが考えられ、時にイノシシや野ウサギが出て、畑作物や杉・桧の若木を害することがあるが、植林によって棲息地がせばめられ、飼料となる植物の減少と、ハンターの乱獲によって野生動物はだんだんすくなくなっている。野生動物の中で最も大きいのはイノシシで、熊・鹿などは姿を消して久しい。タヌキ・アナグマも棲息しているが、夜行生で姿を見ることはまれである。樹上で生活するリスはだんだん数がふえているらしく、猿も御三戸付近まで稀に出てくることがある。ムササビ・モモンガなども寺社の森などに棲みついているらしいが、ほとんど姿を見ない。野ウサギは野ネズミと共に繁殖力が旺盛で杉・桧の若木に大害をもたらすことがある。テン・イタチ・コウモリなど小動物は岩陰・洞穴・石垣の穴などに棲息している。
 
 鳥 類 キジ・山鳥など植林の増加と共にだんだんすくなくなっているが、休猟区を設けたり放鳥などにより、キジ・コジュケイ・山鳩などがふえている。雀・モズ・目白・シジュウカラ・カワラヒワ・ホオジロなどはどこでもよく見かける。とりわけ春になると、早朝からのウグイスの鳴声と、夕ぐれ時のホトトギスの鳴声は山から谷へ、にぎやかに展開する。また夜に入ると処々にフクロウの鳴声を聞くことができる。山道でふと、「ゴツゴツ」という音にふりかえると、木の幹をつついているキツツキの姿を見かけたりする。

 その他 川には渓流にアメノウオが棲んでいる。最近その数は減少しているが養殖に成功し、ニジマス・放流アユと共に名産として知られ、解禁日には川べりは人出でにぎわっている。イダ・ウナギ・ハヤなどは、ほとんど全域の河川にいる。奥山の渓流にはサンショウウオがすんでおり、夏にはカジカガエルの美しい声を聞くこともできる。
 雑木林には夏になるとエソゼミ・ミンミンゼミ・ヒグラシ・アブラゼミ・スズメバチ・アシナガバチ・ジガバチなどが棲息し、夜になると清流のあたりにゲンジボタルがすいすいと飛び交い、また、鈴虫・コオロギの音色を聞くことができる。
 ジョログモ・オニグモ・コガネグモなどクモの種類も多く、ゲジ・トビスムカデ・アカズムカデなどが時に台所や寝室にまで侵入することがある。

 家 畜 牛馬が往年農耕運搬の主役を演じていたが、農業の機械化と自動車の普及によってほとんど姿を消し、農家でわずかに一、二頭の肉牛を飼育している現況で、大川嶺のカルスト台地を利用しての大規模な肉牛の放牧が計画せられている。酪農は輸送の関係でほとんどすすんでいない。豚の飼育は輸送の関係や汚水処理の問題であまりすすまず、肉牛の飼育を兼ねた専業農家が一軒あるにすぎない。
 めん羊は美川の気候に適しないが、山羊は粗飼料で飼育できることと、傾斜地でも充分飼育できるので、自家用に一頭か二頭飼育している家が多く、全村で百頭程飼育している。
 ニワトリは多くの農家が飼育しているが、数羽から十数羽の飼育農家が多く、鶏糞と卵は自家消費が中心で、余ったのを売り出す程度で、専業は一軒で全村でも一万羽にみたない。
 養蚕は本村の主産業の一つで、明治四四年、当時仕七川郵便局長であった新谷善三郎が導入して以来、現金収入のすくなかった村が活気にみち、産業振興に役立った。戦後、一時おとろえたがおんじ土壌によく桑が生育することもあって、全村的に二百軒あまりの農家が飼育しており、年産四万㌔を越える繭の収穫状態がつづいている。西古味には設備のととのった稚蚕飼育所が設けられ、二齢までの飼育と指導をおこなっている。