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美川村二十年誌

一、御三戸嶽

  耳せはし河鹿うぐひす時鳥   巌谷小波
  岩が大きい岩がいちめん蔦紅葉 山頭火
 美川村のほぼ中央、三坂峠を源とする久万川と石鎚山から流れくだる面河川の合流点にそそり立つ「御三戸嶽」は村のシンボルとして、村民はもちろん観光客を楽しませてくれる。
 明治三六年のころ、石丸富太郎らの努力によって面河渓が広く天下に知られるようになってから、ここはその玄関口として存在価値をいちだんと高めた。高さ三七㍍余の石灰岩は長い地質年代の風雪にさらされて奇岩絶壁となり、その特有の肌色と浸食の面白さに加えて岩壁にまといつく蔦、生い茂る老松古柏その他の落葉樹がよく調和の美を見せている。太陽光線と水の色が呼応して岩肌の色が一日に七変化するといわれ、「七面鳥岩」とも呼ばれている。夏は涼を求めて訪れる若人が水面にボートを浮べ、秋の紅葉の絢爛さはすべての人を陶然とさせる。
 ここはもともと民有地であったが、この絶景を損なわぬようにとの先人の配慮から、明治三七年一月二二日に久万凶荒予備組合が買い求めて現在に至っている。自然保護護、環境保全に先鞭をつけたものといえよう。
 四季おりおりに訪れる文人墨客も多い。昭和四六年名勝地として愛媛
県の指定を受けている。