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美川村二十年誌

一、天から来た黒牛

 江戸時代の中頃までは、役場あたりを黒巌神の森といっていたのです。御三戸大明神というお宮があるだけで、木々が欝蒼と茂り、昼なお暗いところでした。御三戸大明神の屋根の修理にかかった大工林左衛は、早く仕事を終わらせて明るいうちに家に帰らねば、狸か狐に化かされるかも知れないと精を出していました。早い昼飯を屋根の上ですませ、ゆっくりと煙草を楽しんでから、さあ一仕事と腰を上げて棟を見上げました。すると薄暗く茂っている木の間に白い道が天まで続いているのです。林左衛は驚き、目をこすったり、身をつねったりして見たけれど道は消えません。しかも白い道が自分の方へ寄ってくるのです。林左衛は恐怖のあまり、上歯と下歯が合わずがたがたと震えて、仕事どころではなく屋根からも降りることができません。といってこのままでは白い道に押しつぶされる、道を歩こうか、屋根から離び降りようかと思い迷っているとき、目をそらして見ると、社の木も屋根も見えるのです。「ああ、よかった仕事どころではない早く帰ろう」と梯子に足を掛けた瞬間、天が俄かに曇り、百雷の大音響とともに家ほどの大黒牛が林左衛の頭の上に落ちてきたのです。林左衛は御三戸大明神の前に長々とのびてしまいました。それ以後、お宮へお参りすることをきらう村人がふえたので、上本組に拝殿を造ることになったそうです。