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柳谷村誌

第四節 柳谷にすむ鳥獣

 上浮穴郡は関西第一の高峰石鎚山(一九八一メートル)と、その連山に囲まれた、緑多く水清らかで四季の変化にも富む郷であり、そこにすむ鳥獣も多種多様である。
 わが柳谷村は上浮穴郡の最南端に位置し、明神山・大川嶺・笠取山・丸石山・五段高原など一三〇〇メートル~一五〇〇メートル級の山山が連なり、仁淀川に沿って走る国道三三号線との標高差は、一〇〇〇メートル~一三〇〇メートルに及ぶ。
 暖温帯常緑広葉樹林域~冷温帯落(広)葉樹林域にまたがり、植物の種類も多く、鳥獣にとってこの上もない生存条件を満たす恵まれた地域であるといえるであろう。
 人類がたどった長い歳月をかけた農耕文化の進展は、徐々に自然植生の変化をもたらしてきたが、太平洋戦争後のスギ・ヒノキの植林による人工林化ほど、急激に自然植生を一変させたことはなかった。自然への人為的な働きかけは、ただ植物相を単調にしたにとどまらず、木の実・草の根を食って生きる鳥獣に対して、そのせい息条件を苛酷なまでに制約していったとはいえないだろうか。
 黒川の清流沿いの急峻な斜面、柳谷キャニオンに代表される一五〇メートルに及ぶ断崖絶壁の老木が生い茂る原始林には、今なおニホンザルがせい息している。このことは自然植生と動物のかかわりの原点を指摘し訴えていると思われる。
 四国カルストは、秋吉台・平尾台と並ぶ日本三大カルスト台地に数えられる。北面の猪伏国有林など自然林が多く「面河よりも美しい。」と賞讃された雑木林は、猪伏林道の開通によってその姿を消してしまった。自然界における、植生と動物との深いつながりや影響を考慮し、生態的常態を保つことを心掛けねばならない。村人の知恵のみがそれをなし得るであろう。
 サルといえば九州の高崎山や南予の滑床のサルが有名であるが、中予地方では面河村と柳谷村にのみすむといわれている。このニッポンザルは日本にだけすむサルで、地球上最北限にすむサルであり北海道にはすまない。ボスザルを中心に最も組織だった社会を構成し集団生活を営んでいる。
 柳谷キャニオソ周辺にすむサルの全容はわかっていないが、ときには三十匹もの群れが見られるという。黒川下流の柳井川小学校でもサルの群れをよく見かける。川岸の木の実が熟する頃は数匹、十数匹の群れが樹木の枝をゆすりながらおりてくる。減少した児童数を追い越す日が来ることも予想される。
 このほか、中津地区や美川村東川、三坂峠付近でも目撃したことがあるが、これらはサル集団を追放された老いザルとも考えられる。
 イノシシは、植林に追われ、せい息地が減り、残っている村内一帯の落葉樹林域がせい息の中心であり、県境・村境にまたがる山麓を広範囲に活動する。イノシシは元来、一〇〇〇メートル以下の濶葉樹林域を好んですみ、雑食性でヘビ・カニ・山芋・樫の実等を食する。近来イノシシによる農作物の被害についての苦情を聞かず、狩猟解禁中ハンターが捕獲する頭数も極めて少なくなっている。
 ハクビシンによるイモ・トウキビ・カキ等の被害が多くなり、その増殖ぶりが話題になっている。ハクビシンが日本古来のものか帰化動物が野生化したものかは定説もなく、その習性についてもくわしくはわかっていない。ノウサギやノネズミの天敵として評価される一面、タヌキ・アナグマなどと生態的に似通い、これらが駆逐されるのではないかと心配するむきもある。ハクビシンのせい息地は、深山の渓谷や絶壁等が多く、柳谷村の自然環境はまさにハクビシンの天国かもしれない。
 ノウサギ(四国にいるのはキュウシュウノウサギ)は夜行性で、木の芽・葉・樹皮・穀物・野菜等を食する。植林したスギ・ヒノキの苗の若芽を食われて被害を受けた記憶は新しい。害獣の代表として厄介ものであったが、キツネ・ハクビシン等が増えたこともあってか、近年その数はめっきり減ってきた。
 キツネやタヌキも夜行性で、日中目にかかることは稀であるが、大川嶺や天狗高原で昼間キツネを見かけたという人もいる。タヌキの方が多く人里近くにすむ関係もあって、子連れタスキが自動車のヘッドライトにうつし出されることもある。
 古味の中久保洞穴や、野村町側洞穴では、東北地方特産といわれるウサギコウモリ・テングコウモリなど北方系のコウモリが発見されており、洞穴生物の研究上貴重な存在である。
 昭和三十七年の総合調査において五段高原では、ホホジロ・ビンズイ・オオルリ・セッカ・ウグイス・カッコウ・ホトトギス・ナミエオオアカゲラなどの鳥類が見られたと報告されている。
 ウグイスは季節の鳥として親しみ深い鳥である。梅にウグイスといわれるとおり春を告げる鳥である。晩春から夏にかけては山にもどる。少し高い山に登れば、真夏でも練り鍛えた美声を聞かせてくれる。
 ホトトギスは、「トッテカケタカ」「テッペンカケタカ」等、地域により鳴声の表現は異なる。「キーキーキキキキ」と鳴くモズは、めっきり姿を見せなくなった。
 フクロウ(フルツク)は、夜・ネズミなどを捕えて食う猛禽類である。日暮れに「ホーホー」と鳴く声に合わせて、手笛を鳴らすと、近くの樹上に飛来しあたりを飛ぶ姿を見かける。
 キジは、野生のものが減少し、猟友会が放鳥していて、村内一帯に残っている雑木林や草地帯にせい息し、時には中津地区の人家周辺の桑畑・茶畑・ミツマタ畑等で見かけることもある。ヤマドリはキジのせい息場所よりやや高地の湿気のある谷間やカヤ場に多い。立野や小村方面でよく見かける。コジュケイは急に増えた鳥で、村内各所の樹間に見ることができる。
 雑木林が減り、木の実がなくなって、ヒヨドリ・ツグミなどのわたり鳥はめっきり少なくなった。
 また昔から、「すずめ百までおどり忘れん。」と人間になじまれ、「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」と親しまれたスズメが、ほとんど姿を見せなくなった。人家周辺の田畑で、ころころ地べたをころがるように地面を蹴る戯れも、朝まだき、朝露のような湿り気をもった快活な啼き声の訪ないも、もうとだえてしまった。置き去られるものの虚しさを覚えさせられるあけくれである。