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柳谷村誌

第四節 「地方自治法」施行期の行政展開①

 昭和二〇(一九四五)年の敗戦を転機として、わが国の地方行政は一大転換を遂げることとなる。まず従来の中央政府主体の「集権的地方行政体」を支えてきた、府県制、市制、町村制の法体系は廃棄された。つづいてすべての行政区域種別を統合一本化した法体系として、地方自治法が制定された。この法律は、近代化日本の地方行政の一般法=基本法である。敗戦→占領下という外部動因に倚ったとは言いながら、当時の内務省の官僚たちの頭の皮質の奥深く潜んでいたわが日本民族がいだいてきた自治意識が、またと得がたい絶好のチャンスをつかんで、いのちの息吹きを開始したものと言えないだろうか。そして新憲法の中に、独自の座を占めたことは、同法第一条に明言する地方自治の本旨、基本的関係の確立、健全な発達の保障を約定するものではないだろうか。
 今年地方自治法は三六歳の盛年である。かえりみてこの三六年間の星運の軌道は、「激変」の一語につきると思われる。それは同法自体の変更理由に因る二一次に及ぶ改正と、関係諸法の変更に連動して措置された改正と合わせて、実に一一〇回に及ぶ改正がその証左である。まことにはげしい適応ぶりと言うべきであろう。法はこれらのはげしい変更を重ねるごとに、法体系としての体質を整えると共に、法運用としての村政府の行政展開に、地方自治の本旨に即した成果を着実に結実したのであった。以下「地方自治法施行期における行政展開」を述べるに当たって、数多い要素要因の中で、村政府の行政活動を可能ならしめた主要要因としての「地方財政体系の確立」と、この期を他に比類のない「激変期」と意味づけられる「村政府活動の外部環境の構造変化」についてその概観を試みる。

 地方財政体系の確立 

 さきの町村制の施行期には、村政府(中央政府・都道府県に対置される行政体=公法人としてこの名辞をつかう)としての組織を持ちながら、その運用に難渋した。行政体制を具えながら、その財政体制を伴わなかったからである。戸長期に整備した土地税制=地租を主軸とする税源に依存する財政体系は、まことに痛々しい劣弱性(よわさ)と偏倚性(いちずさ)を思わせるものであった。さきの町村制に比して、地方自治法には、著しい自治権の拡大と充実とが求められている。わけて地方自治体の遂行事項として、従来の公共事務及び法律、政令に基づく当自治体に属するもののほか、当自治体の区域内におけるその他の行政事務で、国の事務に属さない事務を処理するまでに拡充した。完璧に近い行政体制の整備である。
 しかしながら、地方財政の体制は虚弱であり区々である。地方自治法の成果は、行財政一体化の確立に侯つほかはない。昭和二四(一九四九)年九月一五日のシャウプ勧告は、われわれ日本人にして到底構想制作し得ないほど透徹した「日本租税制度論」である。ここに至って、中央、都道府県、市町村三体系均衡の税制抜本改革が行われるに至ったのである。
 シャウプ勧告をふまえて、昭和二五(一九五〇)年五月三〇日、地方財政平衡交付金制度の制定となる。つづいて昭和二七(一九五二)年七月三一日、義務教育費国庫負担法の施行によって、地方財政の強化が図られた。さらに、昭和二九(一九五四)年五月一五日、さきの地方財政平衡交付金制度の改善による「地方交付税制度」の確立となる。ここに永年に及んだ地方税制の改廃は、盤石の税源の上に安定の地歩を確保したのである。さらに村政府に対して増加してきた法律、政令等に基づく委任事務、村政府が自主計画する事業開設、これらの遂行に要する財源として、国庫及び県の支出金の手当、加えて地方債による財政補強の法体系にまで及んで整備された。昭和三〇(一九五五)年に至って村政府の従来の財政難渋は解消した。地方自治法は名実ともに、その健全な発達を保障されたのである。ここでも一度、後述の行政展開表の財政動態の対照を試みる。あの日あのころ、「学校築造と道路改修」に村費の大部分を喰われる。村政府は金策のため、探せる限りの「附加税目」をあさり、零細な「お下給金」に感泣した。あげくの果ては、予算額の大部分を、各戸への特別税戸数割と教育費寄附金に依存せねばならなかった。その賦課徴収のために、村会は、等級査定と課額決定に、過日の慎重審議を重ねていたのであった。

 村政府活動の外部環境の構造変化 

 「地方自治法」は、地方自治の行政設計書である。国はこの設計書を制定し、施工資金を調達して、設計者の責に任じている。村政府は地方自治法の運用者であり、村民は運用対象者である。設計書に描かれた計画は、運用者村政府によって、施工対象としての村民生活の実際に、施工が加えられていく。これが村の行政展開の具体相なのである。
 今日の地方自治法の施行期は、史上比類のない激変期である。この三六年の変化の激しさは、民族史上優に数千年の変化に相当する。設計運用者である村政府は、この激変の実相を確実に捉えて、最上の使用書を作成しなければならない。激甚な変化への即応、これが当期の行政展開の肝腎要である。
 この三六年間に、どの面、どの層、どの部分が激変したのか。激変しつつあるのか。我々は大半こう考える。過疎化、高度化、情報化、大衆化、都市化、多様化、システム化、管理化、脱工業化等々。全体社会の変化の実情を、包括的に述べて、その変化の実体が捉えられようか。それだけでは、当面する子供の暴力問題一つ、その核心に接近することは、むつかしいのではなかろうか。村政府が打ち出すべき施策の鍵穴の所在は見つけにくいのではないか。問題の困難さの所在はどこか。
 何もかも、すべてのものが、すべてのことが激しく変化し、激しく変化しつづける。すべてとは、個人も、家庭も、地域社会も、全体社会もすべてに及んでいることを指す。そして、これらすべての面の、すべての生活時間も、生活空間も、生活水準もみんな例外を残さず、激しく変化し激しく変化をつづけていく。縦糸も横糸もすべて一変した。質も量も一変した縦糸、横糸で織り出される。運用対象者村民の生活布地が、予想もつかない変わり方をかもし出すのは避けられないこととなる。村政府が描く使用書の困難さはこの点ではないだろうか。やがて、生活構造、生活環境構造の激変は、生活意識・人間価値観の変化に結着する。欲求の輪は果てしなく拡がりつづける。そして不安もまたこの拡がりにつれてその波紋を拡大してゆく。生活の豊かさ、生活の便利さの中にありながら、こころの貧しさ乏しさは、つきることなく大きく輪をひろげていく。「町村制施行期」の「秩序行政主軸」は、今日「地方自治法施行期」の、「給付行政主軸」へと変貌を遂げていくのである。

地方自治法施行期の行政展開 1

地方自治法施行期の行政展開 1


地方自治法施行期の行政展開 2

地方自治法施行期の行政展開 2


地方自治法施行期の行政展開 3

地方自治法施行期の行政展開 3


地方自治法施行期の行政展開 4

地方自治法施行期の行政展開 4


地方自治法施行期の行政展開 5

地方自治法施行期の行政展開 5


地方自治法施行期の行政展開 6

地方自治法施行期の行政展開 6


地方自治法施行期の行政展開 7

地方自治法施行期の行政展開 7


地方自治法施行期の行政展開 8

地方自治法施行期の行政展開 8


地方自治法施行期の行政展開 9

地方自治法施行期の行政展開 9


地方自治法施行期の行政展開 10

地方自治法施行期の行政展開 10