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松山市

宝生弥一(1908~1985)

 能楽師(ワキ方宝生流)。松山市出身。本名は光本弥一郎。能楽のワキ方として戦後第一級と評される。大正7(1918)年、11歳で父とともに上京し、下掛宝生流(しもかかりほうしょうりゅう)第10代家元・宝生新(ほうしょうしん)に入門し、翌年初舞台を踏んだ。昭和12(1937)年、芸事継承のため入籍して宝生姓を名乗り、昭和19(1944)年、宝生新が没してより下掛宝生流の家元後見として流儀を統率した。
 その品格の高い重厚な芸風は、芸術院賞を初め多くの賞を受けるとともに数度の叙勲を受け、昭和56(1981)年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。(『愛媛人物博物館~人物博物館展示の愛媛の偉人たち~』より)