データベース『えひめの記憶』
四国中央市
山中関卜(1715~1769)
俳人。庄屋。宇摩郡入野村(現、四国中央市土居町)出身。本名は与一右衛門貞興。山中錦鳥の夫、時風の父。松木淡々の門の児島大圭(こじまたいけい)・山口羅人に俳諧を学び、呉天奉納の『弐百歌仙表合』をはじめ、種々の歌仙類にも加わった。淡々から俳諧の「秘記」など伝授され、古典にも親しんだ。京・大坂の俳人や伊予の俳人たちが、次々に関卜の家を訪ねては親交をもっている。また、時風とともに芭蕉と淡々の塚を建立したり、入野を万葉集の歌枕として顕彰に努めたりした。(『愛媛人物博物館~人物博物館展示の愛媛の偉人たち~』より)
【土居神社の句碑】
句碑Ⅰ 残りなく 散るを悋(おし)むな 花の色
句碑Ⅱ 桂男の 落とし子もあり 溜まり水
【医王寺の芭蕉・淡々句碑】
右:芭蕉句碑 物云へば 唇寒し 秋の風
左:淡々句碑 かりの世や 畑の夕月 朝み登里