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わがふるさとと愛媛学Ⅴ ~平成9年度 愛媛学セミナー集録~

◇土壌環境から見た森

石川
 ありがとうございました。巨樹に出会ったときの衝撃、5万5千本ある日本の巨樹のお話、日本人の精神構造を植物系文化から洞察、分析をしていただき大変興味深いものがありました。さて、私は自然科学の分野から巨樹と森を眺めてみたいと思います。
 巨樹は、それ自身、実に多くの生き物を育んでいますが、樹木にとって有害なバクテリアやカビは、樹木自身がつくるフィトンチッド(phytonzid)によって排除されています。このフィトンチッドと言う言葉はドイツ語です。英語ではファイトンサイド(phytoncide)といい、ファイトン(phyton)は植物、サイド(cide)は、殺すとか毒物という意味があり、森の空気を清浄にしている物質です。そして、私たちの森林浴の重要な要素になっております。
 巨樹の樹皮を見てみますと、コケとかシダが生えていたり、あるいは目には見えませんが、バクテリア、それからセンチュウやダニやトビムシといったものが生息しております。木の葉は、昆虫などのえさに、その実は野鳥やネズミやリスなどの小動物のえさになっております。また、緑色植物は太陽からきた物理的なエネルギーをデンプンなどの化学エネルギーに変換して動物を養っていますし、さらに酸素を供給して、空気を浄化したり、そういう点でも、大きな意味があるのです。
 この辺りの森林を外や内から見てみますと、クロロフィル(葉緑素)を持った草木を生産者といい、これらの葉を食べる昆虫類、それから草食動物を一次消費者と呼んでいます。さらに、それらを捕食するクモやムカデなどを二次消費者といいます。そして、これらを捕食するものが小型鳥類で、さらにそれらを捕食する猛禽類(もうきんるい)などをあわせて高次消費者と呼びます。地表の落葉とか落枝、それから倒木は、ミミズやトビムシ、ダニなどが食べ、カビや細菌は植物や動物の遺体を分解し、植物に栄養源を供給しており、こういうものを分解者と呼んでいます。わざわざ肥料をやらなくても、植物は育つのです。そして、太陽からきたエネルギーは森全体で食物連鎖によって循環しているのです。
 森の土は、落ち葉などでフカフカしており、肉眼で見るとなかなか分からないのですが、ちょうど海にプランクトンがいるように多くの微生物がおります。一番数が多いのはバクテリアでして、これは1,000分の1mmですから、このグラフに入ってこないのですが、どれぐらいいるかと言いますと、小指の先ぐらいの土の中(約1g)に数十万から数十億匹います。つまり土壌というのは、無機物ではなくて、無数の生き物がそこに住んでいるのです。
 そのバクテリアを食べているのが、センチュウです。体長は1mm以下です。その数は1m²当たり1,000万匹です。センチュウは、動物や植物に寄生するように進化した種も多くあります。例えば、イヌのフィラリアやマツの中で増殖し松枯れ病を起こすものもいますが、ほとんどの種は自由生活をしています。さらに、センチュウを捕食するのがダニです。落ち葉を食べるダニもおりますが、1m²あたり10万匹ぐらいいます。ダニより体の大きな動物は、個体数が減っていくのです。このグラフで、一番体の大きいムカデは、いろんな動物に養われているということになります。
 もう少し分かりやすく説明します。1977年に東京の明治神宮の森で調査をした結果によると、私たちの足の裏(約200cm²)には、ムカデ1.8匹、ダ二3,280匹、トビムシ479匹、センチュウは7万4,810匹です。そして、ヒメミミズという、普通のミミズと比べて、非常に小さなミミズですけれども、1,820匹というふうに、土壌中というのは、生物の種類が非常に多様であり、しかも非常に多くの動物が生息しているということが、お分かりいただけると思います。
 次に、小田深山の原生林のように自然の豊かな所と、そこを伐採して植林したような所ではどういうふうに違っているのだろうかということを調べてみました。まず、自然の豊かさの指標になる動物を三つのグループに分けております。Aグループは、環境の変化に弱い、つまり原生林を伐採すると、死んでしまい消えてしまう生き物です。例えば、森の中を長い足で幽霊のように歩いてるザトウムシです。それから、巻き貝ですとかジムカデやアリヅカムシです。Bグループは、まあ普通のところにいるものです。Cグループは、どんなに自然を壊してしまっても、例えば松山市内の道路の土壌とか、非常に悪い環境でも生き延びる動物で、アリとかクモとか、ダニ、トビムシなどです。
 こういうふうにして小田深山を調べてみますと、森を伐採してスギの人工林などにしますと、3分の1ぐらいの動物が消滅してしまうということが分かりました。それから、鳥は生態系の中で上位に位置しておりますから、野鳥を調べることによっても、その自然がどのぐらい残っているかということを調べることができます。これも小田深山で調べたところでは、植林することによって、野鳥の種類数、個体数が半減してしまったのです。だから、植林をする時にも、所々に自然林をある程度の面積で残しておくと、多様性を維持することが可能となります。なぜ、多様性を維持する必要があるかというと、森林の生き物が単一的になってしまいますと、例えば害虫が発生した場合に、天敵がいない森は大被害を受けるのです。しかし、多様な自然の中には、その天敵がいるわけですから、そういう点で自然のバランスは重要な意味があるのです。
 大昔、このあたりは、カシなどの照葉樹林、それから川沿いにはケヤキとかトチなどの落葉広葉樹林、山の中腹にはモミとかツガ、標高が1,000m以上の所はブナなどの原生林に覆われていたと思われます。
 それが時代と共に開墾されてきたのですが、小田の地に巨樹が残っているということは素晴らしいことでして、私たちには、それらを後世に伝える義務が課せられていると思います。さらに進んで、時間はかかりますけれども、巨樹の並木道といったものができると素晴らしいと思います。
 今から37年ぐらい前に三島神社(小田町)の大イチョウを見たときには圧倒されましたけれども、その当時の小田深山の渓谷沿いの森林というのは、本当に素晴らしかったことを忘れることができません。