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わがふるさとと愛媛学Ⅶ ~平成11年度 愛媛学セミナー集録~

◇「もう一つの日本」という視点

石森
 ところで、日本人は日本のことをあまり良いように思っていないと見受けられることが多いのですが、外国人からは、日本は高く評価されています。
 例えば、マレーシアのマハティール首相は大の日本ファンで、かつて「日本なかりせば、今のアジアはどうなったか。」という内容の有名な演説を国際会議で行い、日本の大切さを熱っぽく世界に語りかけました。
 また、皆さん方も名前を聞かれたことがあるかと思いますが、エドウィン・ライシャワーという方がおられました。この方は、アメリカ人の歴史学者で、日本の歴史を研究されるとともに、アメリカ合衆国の駐日大使の御経験もあった方です。そして、ライシャワー先生は、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)(平安時代前期の天台(てんだい)宗の僧)の研究で博士学位を取得されております。この円仁が創建した寺が、山形県山形市にあります立石(りっしゃく)寺です。こうしたことで、ライシャワー先生は、山形市と非常に深いかかわりがあり、山形市のある女性グループが、山形市のガイドブックを英文で作る際に、ライシャワー先生に巻頭言をお願いしました。その巻頭言で、ライシャワー先生が山形のことを「山の向こうのもう一つの日本」と表現されました。
 これはどういうことかと言いますと、ライシャワー先生がおっしゃるには、日本と言えば首都圏に始まり、中部圏、関西圏に至る太平洋ベルト地帯がそうだということになっている。果たしてそれが本当に日本のすべてだろうか。いや、そうではない。むしろ本当の日本は、山を越えた先、この場合には東北にあるのだ。そこにこそ、日本らしさというものがいまだに色濃く残っている。こういう意味であります。
 わたしは、東北が好きでよく参りますが、この地方の各県は、例えば県民の所得額や県内総生産額などの経済的な数値だけで見ますと、それほど高くない地域です。ですから経済的な発展のありようから見ると、必ずしも充分とは言えない地域ではないでしょうか。しかし、視点を変えて別の指標で見ますと、違った姿が現れてきます。まず、自然がよく残されている。祭りも数多くある。伝統芸能、伝統工芸も色濃く残されている。そして、なによりも人々に非常にゆとりがあります。例えば、通勤時間もそれほどはかからない。ちなみに、わたしの場合ですと、通勤に片道2時間かかります。東北地方の方に通勤時間が片道2時間ですと言うと、もう信じられないという顔をいたします。このように考えますと、東北というのは、さまざまな可能性を秘めた魅力ある地域だと言うことができ、そしてそのことを、ライシャワー先生は「山の向こうのもう一つの日本」という表現で日本人に注意を促したのです。
 同様に、四国や愛媛県も、経済的指標のみで見ますと充分であるとは言い難いでしょう。しかし、自然やさまざまな祭りなどが残されている度合いでこの地域を考えますと、「海の向こうのもう一つの日本」という見方も成り立つわけであります。
 こうした意味で、首都圏を中心とする太平洋ベルト地帯だけが「日本」であった時代から、今ようやく、多様な日本というものが見つめ直される時代が到来しております。そして、そうした時代背景の中で、四国や愛媛県、さらには砥部町が持つ意味も、大変重要になってきているのです。