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中山町誌

三、 平岡区の境界変更 - 伊予市へ編入

 境界変更をした理由  
 平岡区は中山町の北端に位置して、伊豫市に突出隣接しており、中山町役場から約八・五㎞、同佐礼谷支所から約三・九㎞ある。
 一方、伊豫市大平支所や、同農協・園協及び南山崎小・中学校まで約一・五㎞の近距離にあって、果樹園地も隣接して生産物も共同販売するなど、生活基盤が共通しており、加えて平岡ハノラ地区の児童生徒は南山崎小・中学校に通学している状況にあった。

 境界変更までの経過  
 昭和三〇年二月一日、旧中山町と旧佐礼谷村の合併に際し、平岡区住民は旧佐礼谷村から分離し、伊豫市への編入を希望したが、「佐礼谷村平岡の伊豫市編入については、県において、町村の境界変更統合整理実施の時期到来の際処置する」ことの協定により、旧中山町と旧佐礼谷村の合併が合意され、新中山町が発足した。
 その後、平岡地区民多年の分離要望に対する中山町の慰留も、地区民の将来の福祉増進を願って伊予市への編入容認に転換し、昭和三三年九月二九日、伊豫市及び中山町議会で境界変更の議決が行われた。
 そのときの議決書の内容は、次のとおりである。

 第四五号議案
     町の境界変更について
  伊予郡中山町大字佐礼谷字越木丙六一八番地から六二二番地まで、字平岡丙六二三番地、字越木丙六二四番地の一、六二四番地の二、字平岡丙六二五番地の一から六二八番地まで、字越木丙六二九番地から六三五番地まで、字平岡丙六三六番地から六四九番地の四まで、六五一番地から六八一番地まで、六八三番地の一から七一一番地の一まで、七一一番地の三から九一二番地まで、一三三一番地、一三三二番地、字タカツキ第九号三一番地から三五番地まで、四〇番地、字大クビ第九号七四番地から九九番地まで、字スミトコ第九号一〇〇番地の一から一五五番地まで、一八一番地甲、一八二番地甲、一八三番地甲、一八五番地、一八七番地から一九〇番地の二まで、一九五番地の一から一九八番地の二まで、二〇三番地の一から二三一番地の二まで、字コモケ谷第九号二三二番地の一から二四九番地まで、字スミトコ第九号二五〇番地の一から二五五番地まで、字コモケ谷第九号二五六番地から二七九番地まで、字ハノラ谷第九号二八〇番地の一から三四五番地の二までの区域を、伊予市に編入し、昭和三三年一一月一日から施行することを、愛媛県知事に申請するものとする。
  昭和三三年九月二九日
        伊予郡中山町長  亀 本 好 恵

   同日原案可決 伊予郡中山町議会議長宮岡正實(印)

 これと同時に、第四六議案・財産処分についての議案が提出され、前記区域を伊豫市に編入する場合において、中山町の同区域に所在する一切の財産(権利義務)は、伊予市に編入と同時に、同市に帰属させる旨の議決も行われた。
 以上の経過によって、前記区域を伊予市に編入し、昭和三三年一一月一日から施行する旨告示された(昭和三三年一〇月一五日付愛媛県告示第八三四号)。
 また、平岡区の境界変更後の中山町の人口は、九、九八一人、伊予郡の人口は、五八、三三六人と告示された(昭和三三年一〇月一五日付愛媛県告示第八三六号)。