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えひめ、その住まいとくらし(平成17年度)

(3)鏝絵①

 漆喰(しっくい)を塗った上に、鏝(こて)を使って浮き彫りのように風景や肖像などを描き出した鏝絵は、江戸末期から明治期にかけて活躍した静岡(しずおか)県の左官の名人入江長八の作品が代表だといわれている。長八の作品に刺激され、家の意匠として日本各地に広まり、東北から九州までさまざまの鏝絵が残されている。
 愛媛では内子(うちこ)町、大洲(おおず)市の鏝絵が古くから知られているが、近年、西条市の楠河(くすかわ)、庄内(しょうない)、吉岡(よしおか)の3地区に集中して残っていることが確認され、調査と保存が行われている。その調査と保存に積極的に携わっている**さん(東温市川内町 昭和27年生まれ)は、鏝絵の制作や保存について次のように話した。

 ア 漆喰と顔料

 「鏝絵は家や土蔵を建築する際に家内安全、不老長寿、火災厄除け、商売繁盛、五穀豊穣などを祈願するために、妻壁や戸袋などに、福の神、干支(えと)などを漆喰で描いたものです。
 その漆喰は消石灰を材料にして、亀裂(きれつ)防止のスサを入れてフノリなどで練ったものです。適当に水分を吸収し、吸収した水分を発散する働きを持ち、土蔵などの土塗り壁の上塗りとして用いられます。防火、耐火だけでなく土蔵の中の湿度を一定に保つ働きをして、貯蔵する穀物などに最良の条件を提供する訳です。
 鏝絵は漆喰で絵柄を形作った後、その上から彩色する方法と、漆喰を練る際に顔料を練り込み、形作ってゆく方法があります。前者はフレスコ画(漆喰を塗って乾ききらない内に水彩絵の具で描いた西洋の壁画。石灰の層の中に絵の具がしみこんで乾くので堅牢(けんろう)である。)と同じで、漆喰彫刻に着色するのです。漆喰の表面に彩色すると、図柄の明暗や濃淡がくっきり表現できるので絵画的な雰囲気が出てきます。後者は下塗りの段階から着色した漆喰を使う方法と、漆喰で大まかな形を作り上塗りだけに着色した漆喰を使う方法があります。顔料があらかじめ漆喰に混入されているため、明暗や陰影を付けにくく平面に近い仕上げとなります。そのため塗りつける厚さを増やしたり、丸みを持たせたりして彫塑的なものとなります。絵画的な表現は乏しくなりますが、素朴さや力強さが出てきます。表面に彩色すると長年の雨風で風化し色あせ、色落ちが起こりやすいのですが、漆喰そのものに着色していれば、長年経過しても、色は落ちにくいのです。
 愛媛県の南予方面では、内子町の本芳我(ほんはが)家の雲龍と松に鶴の鏝絵を始めとして、肱(ひじ)川流域の大洲、小田(おだ)、野村(のむら)、城川(しろかわ)などの民家の妻壁や戸袋に数多く確認されています。
 東予方面では四国中央市の川之江(かわのえ)から今治(いまばり)市にかけて、点在することは知られていました。石灰の産地であった旧関前(せきぜん)村などにも昭和の作品が残されています。

 イ 西条市の鏝絵

 平成に入ってから西条市の楠河、庄内、吉岡の3地区に、鏝絵が集中していることが分かってきたのです。平成9年段階の調査では、3地区合わせて68点の鏝絵が確認されています。
 調査の結果、主として庄内地区で鏝絵の仕事をした左官は青野龍輔と山内民三郎また山内常一、楠河地区で仕事をしたのが二神梅太郎ということが分かってきました。68点中25点が昭和の作品だということも分かりました。
 妻壁全体を使った装飾を目的としたものは少なく、妻に出てくる梁(はり)の木口(こぐち)を隠す建築的な機能を持ったものが多く見うけられます(写真1-19参照)。大きさも1尺5寸(約45cm)から2尺(約60cm)くらいのものがよく用いられているのです。木材の木口は水分を吸いやすく、また発散しやすい性質があり、変色・腐食・腐朽しやすいところです。鏝絵は梁の木口隠しという化粧の役目を果たしているのです。
 鏝絵の保存状況には雨風の影響が強いだろうと考えて方位を調べてみました。南北方向に比べて東西方向が75%と多くなっていましたが、これは当然といえば当然で、日照を考えて建築すると、鏝絵を施す妻壁は桁(けた)と直交する梁方向の面、つまり東西の面になる訳です。建物を母屋(おもや)だけに限ってみると、東西方向が88%となりその傾向がもっと強くなります。
 絵柄としては家の繁栄を願った、恵比寿(えびす)や大黒などの七福神、干支(えと)や龍、鶴、亀などの縁起の良い動物、富士山や松、朝日など瑞祥(ずいしょう)を示すもの、因幡(いなば)の白ウサギなどのお話から取ったものなどがあります。

 ウ 鏝絵の作り方

 小舞(下地)を組んだ後、わらやしゅろ縄を巻いて土壁の付着を良くした梁の木口を台とします。
 漆喰を塗る場所によって鏝を使い分けます。特に必要なものは、柳刃鏝(やなぎばごて)という先の細いとがった鏝です。鏝先部分のしなり具合が大切で、彫刻のようになるので、竹ベラのようなものもあれば便利です。
 作業場の机上で作ることも出来ますが、妻壁に直接施工するのが本来のようです。上下の割合は五分五分ではだめで、六・四か七・三といわれています。龍の腹を例としますと、龍の腹は丸いので、断面は円と考えます。平面上で作ると背中と腹の割合を五分五分でかまぼこのように作ります。そうして作ったものを下から見上げたとき、腹だけが見えることになります。背中の鱗(うろこ)の部分を七分、腹の部分を三分にしたり、六分四分にして強調したい部分を高くすることにより、釣り合いも良く、腹の下に影が出来、立体感が出てくるのです。
 2階の妻壁に作った鏝絵を真下から見上げるのと、少し離れた所から見るのと、ずっと離れて眺めるのでは違った形に見えるのです。妻側にすぐ道があったり、畑越しに見上げるなど、そのときの条件により、七・三なのか六・四なのか検討するのです。遠くから眺めると細部までは目が届きにくいのですが、全体を見たときにメリハリが出るように仕上げるのです(写真1-20、写真1-21参照)。

写真1-19 梁の木口

写真1-19 梁の木口

西条市河之内。平成17年7月撮影

写真1-20 下から見上げた恵比寿

写真1-20 下から見上げた恵比寿

西条市旦之上。平成17年7月撮影

写真1-21 近くで見た恵比寿

写真1-21 近くで見た恵比寿

西条市旦之上。平成17年7月撮