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臨海都市圏の生活文化(平成7年度)

(3)沖合は小魚の宝庫

 珍味の原料の仕入れ場所はどのよう移り変わっていったのであろうか。「イ 松前の『珍味』」で話をうかがった**さんにもう一度登場してもらい、そのことについて話をうかがった。

 ア 瀬戸内海から県外へ

 「珍味の原料としては、まずバカガイがあります。これは愛媛県下では(図表1-3-8参照)、まず西条、壬生川(にゅうがわ)(東予市)の海岸から獲れるバカガイ。当時は、バカガイがアサリより多く獲れよったんです。7月から9月にかけての時期に1年分の原料を買いとって冷蔵庫で保管します。それからエビやカレイ・小アジは、今治、浅海(あさなみ)(北条市)、菊間、三津浜、松前、伊予市(伊予市は松前より漁船が多かった)から。これで足りないんで上灘(かみなだ)(双海町)からも買い付けました(図表1-3-8参照)。これだけ仕入れが増えたのは、わたしが大阪へ出て販路を確保したからなんです。昭和の32、33年(1957、58年)ごろですか。一番最初は、松前町、伊予市の漁師さんからの仕入れで間に合っていたんですが、それが大阪での販路確保、それに伴う生産の拡大で、仕入れ先を松前町、伊予市から県内各地に広げました。それでなおかつ県内で足らないので、今度は県外へ仕入れ先を拡大したというわけなんです。
 珍味として大衆から受け入れられる商品は、まずイカ、次にカワハギ。カワハギも以前は地浜(ぢはま)で獲れよったけどね。今から約20年前、昭和の50年(1975年)ごろかな。安いときには、トロ箱一つが300円で、その300円の内、箱代が200円しよった。ということは、中に入っている魚の値段が100円よね。八幡浜のトロール船も日向灘(ひゅうがなだ)あたりで漁をして、満船にしてもんてきよった。八幡浜から原料を運搬してくる業者がおったんよね。松前のエビを獲る漁船も、エビが獲れずにハギをいっぱい獲ってきよった。それぐらい繁殖して、三津浜から八幡浜にかけてずうっと獲れたんよ。それが4、5年続いたかな。安く手に入るから、消費者にも安値で販売できる。食べてもけっこうおいしいんじゃがね。非常に人気があったんよ。
 珍味の原料は、県外では関東のあたりは獲れませんから、まず伊勢湾。そして山陰沿いに舞鶴(まいづる)、鳥取の境港(さかいみなと)、山口の萩(はぎ)。それから九州へとんで、宮崎の日向(ひゅうが)。ここは少なかったです。多いのは長崎、鹿児島(図表1-3-9参照)。このあたりで、1年間操業できるだけの原料確保がやってこれました。」

 イ そして、海外から

 「今から15年ほど前(昭和55年ころ)になって原料の一部を韓国から仕入れるようになりました。その時に何を仕入れたかというとバカガイですね(*12)。バカガイは最初、西条、壬生川で獲っていましたが、ここで獲れなくなって(図表1-3-10参照)、伊勢湾、知多(ちた)半島の砂浜海岸へ移り、さらに千葉へ。そして千葉でも獲れなくなって韓国へいったんですね。バカガイは、現在の国内では獲れる量が少なくて、お寿司屋さんのネタか、スーパーで売られているようなボイルしたものぐらいしか出回っていません。われわれのような珍味製造業者には手に入らないし、たとえ手に入ったとしても高値で採算がとれない。だから韓国で仕入れる。その韓国も獲り過ぎて、現在は、中国のターリエン(大連)から仕入れています。そこが終わったらどこへ求めるかいうたら、今ちょっと見当たらんのよ。ほやから(だから)、近い将来、バカガイの珍味は食べれなくなるかも分からん。
 バカガイは養殖したら、高値になるから今の大衆価格の珍味としては売っていけなくなる。養殖は、タイとかハマチとかの高級魚を鮮魚で売るのなら採算はとれる。でも、それを3枚におろしたり、味付けしたりなどして人手が加わると、人件費が加わって高くついて採算が合わなくなります。」
 今回の調査で、松前町内を出発点として、地域の天産資源や人々の労働力によって育てられながら、全国規模の産業にまで成長していった「松前の珍味」の姿の一端が明らかになったように思われる。
 最後に、松前に生きる地場産業としての珍味製造の難しさについて、同じく**さんに話をうかがい、この項を閉じることにしたい。
 「人手に頼らんといかんにもかかわらず、今は若い人が続かんのよね。だから、定着率の高い労働力となるとどうしても年齢層が上がる。昭和の40年代に、採用年齢を35、36歳から44、45歳というように変えたんですよ。あえて中年層を採用する。現在もこの層が労働力の中心です。
 珍味屋ちゅうのは、悲しいかな、全国的にも業者が少ない。だから、工作機械製造の企業が、全自動、またはそこまでいかなくても7割程度自動化された珍味製造機械をあまり作らないんですね。かまぼこ屋さんなどは、業者が全国に多いから機械化が進んでいる。珍味業界の機械化は決定的に遅れています。部分的には、地元の鉄工所に頼んで作ってもらっていますが、どうしても人手に頼らざるを得ない。まあ、いうたら『全自動』やなくて『半自動』やな。だから労働がきつくなり、従って今の若い人たちは仕事が続かない。業界全体としては、こういう流れになっていますね。ここに、松前に生きる地場産業としての『珍味』の難しさがあるように思います。」


*12:韓国からはバカガイのほかに、スルメ・カワハギの原料も仕入れていたが、現在では皆無である。

図表1-3-8 珍味原料の仕入れ先

図表1-3-8 珍味原料の仕入れ先

**さんの聞き取りによる。

図表1-3-9 珍味原料の県外主要仕入れ先

図表1-3-9 珍味原料の県外主要仕入れ先

**さんの聞き取りによる。

図表1-3-10 愛媛県内のバカガイ漁獲高(昭和63年~平成5年)

図表1-3-10 愛媛県内のバカガイ漁獲高(昭和63年~平成5年)

『愛媛県統計年鑑 平成7年刊行(⑨)』より作成。