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美川村二十年誌

一、生活改善クラブ

 昭和三二年東古味生活改善クラブが、主婦一四名の会員で誕生し、一〇数年活動を継続した、クラブの会長は輪番制で、自宅を会場にして、農繁期を除いて毎月一回定例会を開き、農業改良普及員・営農指導員・社会教育関係職員が出席して指導助言にあたった。
 活動内容は、家庭菜園や農薬等、農事問題と食生活改善等について学習し、日常生活の中で実践された。特に食生活改善では、料理講習を通して栄養の基礎知識を習得、また家庭菜園を重視して人参・タマネギ・ホーレン草・レタス・キャベツ等、栄養の高い野菜栽培に力を入れた。また一〇羽養鶏の運動を進め、新しい卵は全家庭で自給された。毎月一〇円を会費として集め、運営費にあてた。三五年には一人三〇〇円掛けの頼母子講をつくり、必要な者から順次これを活用した。
 三八年、七鳥部落や有枝部落も生活改善クラブを結成した。七鳥は毎月下旬の木曜日に定例会を行ない、その名も木曜会と名づけ、また有枝はうぐいす会と称した。三九年には、西古味生活改善クラブが結成された。
 四〇年東古味生活改善クラブのお母さんのきも入りで後継者の若いお嫁さん達の若妻会が誕生し、「ササユリ会」と名づけ、定例会にはお母さん達が交替で子もりに出て、親と子のグループができた。
 四四年には、美川スキー場の民宿の関係もあり、大谷部落に生活改善クラブが結成された。